サッカー日本代表のワールドカップ(W杯)が始まる。事前の強化試合から日本代表への期待は必ずしも高くないが、私はこういう状況だとむしろチームの勝利を期待する癖がついてしまっている。

 スポーツの現場で、悪い結果が出た後に、良いパフォーマンスをする傾向にあるのはよく知られている。最近では2014年のソチ冬季五輪で浅田真央選手が1回目のパフォーマンスでは満足がいかないものだったが、2回目のパフォーマンスで素晴らしい演技を見せたというものが記憶に新しい。いったい選手の心には何が起きているのか。

 人間は何かを得るよりも、損失を回避したいという思いが強い生き物だ。損をするぐらいなら何も起きない方がましだと考えてしまう。

 例えば試合前に「失敗しないはずだから頑張って」と言われると、まず頭の中に勝てて当たり前だという認識が先立つ。その場合、勝利は大方すでに手に入るべきものと認識され、もし負ければ、本来手に入るはずのものが失われたという感じるようになる。

 夢中でゲームをしていてふと我に帰ったら自分がリードしていて勝利が目前に迫っている。そんな時に急に動きがぎこちなくなった経験はないだろうか。失いたくないという守りの心理の時には、選手のプレーは失敗を避けるがあまり安全な方に向かってしまい、のびのびとプレーできず、本来の力を発揮できなくなる。

 一方で、期待されていない状態ではどうか。「これはうまくいかなくて当たり前だから」と言われたとしよう。この場合、失敗しても予想通りで、もしうまくいけばラッキーという認識になる。そうなると、損失への意識は薄れ、純粋に勝利へ意識が向かうようになり、集中しやすくなる。よくある大番狂わせは、選手の中になんら守るものがない心理の時に起こる。

 不思議なことに、スポーツの現場では勝利を直接意識するよりも目の前のことを意識した方が、勝利が手に入るということが多々ある。人間が今この瞬間に集中している時、そこには期待も欲求もなく、ひたすらな没頭がある。深い没頭ほど選手の能力を引き出すものはない。

 サッカーは関わる条件が複雑すぎて私にはまったく予測ができないが、こと心の側面からだけ考えると私には悪い条件が整っているようには思えない。(為末大)