全国高校ラグビー(27日開幕)で悲願の初優勝を目指す強豪がある。御所実(奈良)は95年度に初出場し、過去3度の準優勝。

就任31年目の竹田寛行監督(59)に残された日本一のチャンスは、来年度の定年まで今大会を含めても2度だ。

89年、赴任した御所工(現御所実)の部員は3年生2人だった。当時、奈良は全国制覇6度を誇る天理の1強。速い展開攻撃が光る古豪に対し、ボールを動かさないモール攻撃と堅い防御を磨いた。腕っ節の強そうな1年生を17人集めた。こだわりは一貫していた。

「24時間、みんなで同じ方向を向くことが大事。それは練習だけで分からん」

見つかればクビと覚悟し、練習後に部員と教室へ忍び込んだ。夕食にみそ汁を作ると、教え子が嘆いた。

「これは飲めないっす」

試飲すると確かに塩辛かった。食事を作った経験がなく、塩わかめを大量に投入していた。当時の部員だった中谷圭コーチは「先生、大根も3等分だった」と笑って振り返る。翌朝は5時起床。全員で掃除して授業に臨んだ。共同生活で心が通い始めた時だった。

翌90年5月、2年生部員が練習中に頸椎(けいつい)を損傷して2カ月後に亡くなった。活動自粛し、教員をやめるつもりだったが、部員の父親に諭された。約30年の月日が過ぎても、その言葉は忘れていない。

「部をつぶさず、監督を続けてもらえないか」-

つらい別れを悔やみ、胸に刻んだ。自宅を改造して2段ベッド6台を入れ、十数人の教え子を住ませた。私生活への指導は厳しい。「トイレも風呂も、次の人に迷惑をかけない使い方をせなアカンぞ」。監督自ら朝4時半から台所に立ち、朝食を作る日々。3年前に寮ができた現在も、寮と自宅の両方で生徒が暮らす。

「例えばそこにゴミが落ちていれば、だいたいが3パターン。『見えない』『見ているけれど、拾わない』『サッと拾う』。そこで気付いて、拾えるのか。それは試合で、スペースを見つけることにもつながる」

口癖は「強いチームじゃないです」。自校の評価に厳しい竹田監督が最後には「今年はバランスがいい。楽しみ」とつぶやいた。30日の初戦(2回戦)は近大和歌山と朝明(三重)の勝者だ。定年まで残されたチャンスは2回。Aシードの挑戦が始まる。【松本航】

◆竹田寛行(たけだ・ひろゆき)1960年(昭35)5月8日、徳島県生まれ。脇町高から天理大に進み、他校での勤務を経て89年に御所工へ赴任。91年からは亡くなった部員の追悼試合を行い、以後は「御所ラグビーフェスティバル」として毎年全国各地の高校を招待。2連覇を目指す大阪桐蔭、Aシードの京都成章などが参加する。08、12、14年度に花園準優勝。