日本のエースが母国で復活Vを遂げた。22年北京五輪ノーマルヒル金メダリストの小林陵侑(28=チームROY)が合計286・4点で今季初優勝を果たした。通算33勝目。1回目137メートルで首位に立ち、2回目136・5メートルで逆転を許さなかった。今季最高5位だったが、2位に19・7点差、飛距離換算で約11メートルの大差をつける圧勝。26日開幕の世界選手権(ノルウェー)での悲願のタイトルにはずみをつけた。

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着地した瞬間、勝利を確信した。小林陵は最終飛躍者として迎えた2回目。久しぶりの優勝争いに緊張した。それでもトップに立つ目安のラインの先まで距離を伸ばし、テレマーク姿勢も決めた。日本チームの仲間にハグで出迎えられて笑顔。結果が出ると、今季初めての頂点に歓喜した。「今季表彰台もなかったので、まさか勝利とは。すごくうれしい」と顔をほころばせた。

予感はあった。遠征メンバーで同学年の中村直幹が「驚愕(きょうがく)したのが、4ヒルズ(年末年始のジャンプ週間)あたりで陵侑が『札幌で優勝しそう』と言っていたので、本当に起こったのがちょっとビビってる」と明かす。結果は2ケタ順位が続いていたが、復調の気配はあった。シーズン序盤は「かなり焦った。本当に表彰台、遠いなって」と不安もあったが、この日は「多少自信はあった」。W杯個人総合制覇2度を誇る五輪金メダリストの貫禄を見せた。

復調の要因は、安定感がなかった助走の修正。前掛かりだった姿勢で飛び続けており、飛び出しで最大限力を伝えられていなかった。作山憲斗ヘッドコーチ(34)は「今日は全てかみ合っていた」とうなずく。1月中旬、ザコパネ(ポーランド)での試合を欠場して帰国。心身ともにリフレッシュ。帰国を機に定まっていなかった道具でも好相性のものと出会い、すぐに今季最高5位をマークした。

W杯通算33勝を挙げるが、世界選手権のタイトルはまだない。ビッグゲーム前最後の大会で自信を深め「すごいみんなからプレッシャーかけられますね」。自身が大会を盛り上げるために考えた観客がペンライトで応援する企画は、例年より約1時間競技開始が早まったこともあり光が映えず、「ちょっと悔しい」と笑う。ジャンプ人気を高めたい、という思いは人一倍強い。企画はちょっぴり失敗だったようだが、自身の大飛躍で観客をたっぷり魅了していた。【保坂果那】

<北京五輪後の小林陵侑>

◆W杯個人総合制覇 21~22年に、18~19年以来3シーズンぶり2度目の個人総合優勝を果たす。

◆褒章 22年5月にスポーツ振興功績をたたえられ、紫綬褒章を受章する。

◆世界選手権 23年3月のスロベニア・プラニツァ大会で個人ラージヒル銀メダルを獲得。

◆独立 23年4月、土屋ホーム退職&プロ転向を表明。「チームROY」所属としてスタートする。

◆ジャンプ週間 年末年始伝統の4連戦で、23~24年に2シーズンぶり史上6人目となる3度目の総合優勝を果たす。全試合2位での制覇だった。

◆“世界最長” 24年4月にスポンサーのレッドブル社の企画で、アイスランドに特設されたジャンプ台で291メートルを記録(非公式)。