<1992年8月4日付日刊スポーツ紙面から>
YAWARAちゃんが新たに、明日の金メダルへのスタートを切る。柔道女子48キロ級の田村亮子(16=福岡工大付高)は、決勝でノワク(25=仏)に効果を二つ奪われて敗れたが、世界の頂点にあと一歩の価値ある銀メダルを獲得。試合内容ではひけを取らず、一夜明けた3日になっても「悔しい」気持ちは収まらない。負けん気をバネに、心は早くも4年後アトランタの王座だ。
女子48キロ級・決勝
ノワク(フランス)優勢
田村亮子(福岡工大付)
「負けは負けです」。田村は潔く言った。「どこか自分にすきがあったと思う」とも言った。試合後の記者会見だ。続けて「ノワク選手の方が、私より上でした」と話した時、目に涙がたまり、天井を仰いで、こぼれ落ちるのをこらえた。相手の実力を認める言葉を口にしたくなかったのだろう。悔し涙がそのことをよく物語っていた。負けん気こそが田村のバネで、4年後へ引き継がれるドラマの序章でもある。
決勝は162センチのノワクに、146センチの田村が果敢に挑んでいった。初めての対戦で、体格差が微妙に影響したといえる。長い手でもろ手刈りを決められ、効果を取られた。残り1分を切ったところでも、強引に前に出たところで、効果を追加された。攻めの小気味良さでは田村に勢いがあったが、ポイントは動かし難い。敗北が決まり一礼すると、田村はクルッと振り向き、喜ぶノワクを絶対に見ないように、畳をおりた。
バルセロナ入りして、順調に仕上がっていた。ところが、開会式直前の練習で左腰上の背筋を痛めた。2日間の休養を取ったが、つくり上げてきた調子を崩したのは確か。また、過熱取材の疲れもあり、首脳陣がテレビ、写真撮影禁止のお願いを出したほど。その中で後半に集中した練習ができたのは、16歳の少女とは思えないぐらいたくましい精神力からだ。「プレッシャーは言い訳になりません。腰もです。ケガをしたから負けたとはいえません。ここまできたら痛いとは言っていられません」。尊敬する古賀稔彦(24=日体大助手)が重傷を乗り越えて金メダルをつかんだ。その奇跡に励まされての出場でもあった。
昨年の世界選手権が3位、初めての五輪が2位と、確実に世界の頂点が近づいた。素質、動き、技の切れでは現段階で世界一といえる。あとは経験で培う試合運びだけだ。
「次のオリンピックには、経験を積んで臨んでいきたい。それと、どんな時でも、必ず一本取れる技を身に着けないといけない」。田村はアトランタの目標を設定した。学校関係者によれば筑波大や日体大などに進み、将来は柔道の指導者になるのが夢だという。次は大学生で金メダルに挑戦する。一晩明けた3日の朝、悔しさは相変わらずだが「負けた試合を振り返って、なぜ負けたかを研究したい。日本に帰ってやりたいのは、練習です」としっかり前を見つめている。
【赤坂厚】
★田村亮子(たむら・りょうこ)
◆生まれ
1975年(昭50)9月6日、福岡市生まれ。
◆サイズ
146センチ、47キロ。血液型B。
◆家族
父勝美さん(44=自営業)母和代さん(42)兄徹さん(19)。オカッパの髪形は母親がハサミで切りそろえる。
◆柔道歴と主なタイトル
柔道は兄の通っていた東福岡柔道教室へ見学に行って、「面白そう」と小学校2年生から開始。福岡国際女子、全日本女子体重別では2年連続優勝。昨年の世界選手権、アジア柔道選手権はいずれも3位。今年2月に行なわれたドイツ国際で初めて海外の大会V。
◆最高のひととき
カーペンターズの音楽を聴きながら、大好きなメロンを食べるとき。
◆特技
幼稚園からやっていた習字は5段の腕前。ピアノも当時から習っていた。
◆ニックネーム
「YAWARAちゃん」は、90年の福岡国際女子で優勝したとき、柔道漫画「YAWARA!」のヒロインにあやかって命名された。高校では、クラスメートに「タムコ」と呼ばれている。


