ソフトバンク王貞治球団会長(72)が19日、大鵬さんの訃報を悲しんだ。12月9日に亡くなり、都内で行われたプロ野球元コミッショナー川島広守さん(享年90)のお別れ会に出席。「巨人、大鵬、卵焼き」と称され、ともに野球界、相撲界で金字塔を打ち立てたスター同士。1961年(昭36)の正月、都内の吉田接骨院での運命的な出会いから約半世紀。3年前、日刊スポーツの紙面上でも対談したこともあり、哀悼の意を表した。

 王会長にとって、大鵬さんの死去の知らせは早すぎた。「昼間3時過ぎに話を聞きました。入院されているとか聞いていなかった。突然のことなのでびっくりしました」。寂しそうな表情を浮かべながら「残念なのは(引退後に)病気をされたこと。されていなければもっと現役時代と同じように、相撲界に貢献されたのではないでしょうか」と盟友の死を残念がった。

 同時代を生き、種目は違うが、ともに日本のスポーツ界を引っ張ってきた。「巨人、大鵬、卵焼きと言われたが、1人の名前で出ているのは大鵬さんだけ。国技である相撲の世界でものすごい功績を残し、名前がすぐに浮かぶ人。パワフルというより、相撲の技術を極めた人だと思います」と尊敬の念を込めて語った。

 同じ1940年(昭15)5月生まれ。誕生日は9日違い。生い立ちにも共通点があった。王会長の父は中国、大鵬さんは樺太で生まれた。子ども時代は終戦直後。いじめられた思い出は互いにないというが、互いに末っ子。第2次世界大戦末期の厳しい時代を乗り越え、平和な時代となりスポーツに打ち込んでいった。

 大鵬さんが大関になったばかりの61年の正月。都内の吉田接骨院で知り合った。大鵬さんは生前、接骨院の先生から「巨人の王だ」と紹介されたと振り返っている。王会長は「正月に一緒にお酒を飲み、自宅にまでお連れして新年会をした。大きな一升も入るような金杯で一緒に飲んだ。今になってみるとすごくいい思い出です」と振り返った。

 「巨人、大鵬、卵焼き」が流行語になったのは、2年後の63年ごろ。王会長は1本足打法を確立させ、大鵬さんは6場所連続優勝を果たすなど、国民的なスターとなった。「勝って当然」「打って当然」と思われる境遇を共感できる数少ない友だった。「ご冥福をお祈りします」というコメントに、無念さがにじんだ。