昨季の日本一チームには底力がある。そんな風に思えたのは14日楽天戦(koboパーク宮城)の6回無死一塁の場面だ。2番手で登板した公文が危険球退場。両軍ベンチから選手が飛び出し、一触即発ムードの中で、マウンドに上がったのが榎下陽大投手(28)。「ブルペンでは2球しか投げられませんでした…」。不穏な空気が流れる中で緊急登板した。

 準備は出来ていなかった。「きっと多めに投げさせてくれると思うよと、周りから言われていたのですが…」。通常の中継ぎ登板時は5球の投球練習が許される。今回のケースでは、肩が出来るまである程度の球数を投げられることも多い。「5球投げた後に審判の方から『あと何球で行ける?』と言われて、5球ですと答えてしまって…」。追加でもう5球。試合再開時は、たった12球の猶予しかなかった。準備不足のまま、この日の第1球を投じることになった。

 打席には楽天嶋。初球が抜けた。顔面付近を襲った。のけぞった嶋、間髪入れず場内からの大ブーイング。三塁側ベンチからウィーラーも怒りのあまり飛び出した。不穏な空気を増幅した1球だが「もちろん、狙うわけがないです。本当に抜けてしまって…」。嶋には安打を許し、無死満塁の大ピンチとなった。ここから、開き直った。「雰囲気はすごかったですけど、とにかくゼロに抑えようと…」。好調の茂木を三飛、ペゲーロを空振り三振、ウィーラーを一邪飛。絶体絶命の場面を、強い気持ちで断ち切った。

 7回も続投した。試合は1点ビハインド。「僕しか投げられる投手はいなかった。同点や勝っていたら、勝ちパターンの投手が投げられるけど、そうはいかない。僕がいくしかない。最初から、そのつもりでした」。2イニング目も2安打を浴びながら無失点。苦しい場面で熱投し、最後まで勝機をつないだ。栗山監督も絶賛した。「良かった。あれが榎下の特長。困った時に、いい意味の開き直って集中してくれる。去年もそうだったよね。ああいう投手がブルペンにいてくれるのは本当に心強い」。

 昨年5月4日ソフトバンク戦(札幌ドーム)でも、延長10回から12回まで投げきり、引き分けに持ち込んだ。この試合、4点リードを9回に追いつかれ、ブルペンには榎下を含めて残り2投手という状況。アクシデントに備えて榎下が、最後まで投げなければいけないシチュエーションで、勢いに乗る強力打線をねじ伏せた。必死な姿は印象度も高かった。

 チームは苦しいスタートを切った。中田も大谷も故障で欠く4月戦線。我慢の時は続くが、選手は必死に目の前の戦いに臨んでいる。榎下も、場面を問わずに自分の仕事に徹した。チームの底力はある。意地を感じさせた、魂の投球だった。【日本ハム担当=木下大輔】