調整にもいろいろな方法があることを勉強した。1軍にいた選手がファームに降格しての調整といえば、十中八九は調子を落としての再調整だと思っていた。ところがである。これが1軍ペナントレースの先発に合わせた登板だというからビックリした。9月1日の鳴尾浜球場。阪神-中日戦が行われた。中日のマウンドにあがったのが八木智哉投手。今季で10年目、すでに31歳になったピッチャー。昨年はオリックスで戦力外通告を受けて、トライアウトで契約をつかみ取った選手。そういう意味もあって全盛期を通り過ぎた“力不足”を補うためのマウンドと思いきや、それが特定チームの先発要員としての起用であることがわかった。

 特定チームは広島だった。確かに記録を調べてみると、今季の3勝すべてが広島。内容にも目を通してみた。5試合に登板(先発4、中継ぎ1)、30イニング投げて被安打21、奪三振31、与四球6、失点、自責点2。防御率がなんと0・60。見事というほかない。他チームでも5試合に先発しているが、16回3分の1で0勝4敗。防御率は11・38。比較してみると一目瞭然。これだけはっきりした現実をみれば、偏った起用に踏み切るのがうなずける。八木は「僕個人としては相手のことはあまり気にしていません。与えられた仕事をしっかりやっていくだけです」としか語らず、小笠原ピッチングコーチも「1軍に近いピッチャーとして起用しています」。登板の件に関してはこれ以上口にしなかったが、これもチーム事情。中日の担当記者に聞くと、既定の事実だという。

 実に珍しい調整法に感心させられた。今回も8月18日の広島戦で勝ち星を挙げたあくる日に登録を抹消されてから、この日を含めた2試合の登板は、いずれも中6日の間隔で投げている。1軍ペナントレースの日程は今月の8、9、10日に対広島との3連戦が組まれている。もう、あらゆる角度から見ても、どこかで先発することは間違いない。過去にもあったことかもしれないが、私が在籍中の阪神では遭遇したことはなかった。当然、理想は全チームに通用するピッチャーだが、お得意さんを作るのも、この世界で生きていく道のひとつ。生活をかけた必死のトライアウト挑戦で生き残って、現在があるのを忘れるな。

 プロ野球界のスタートは日本ハムだった。2006年、創価大から希望枠で入団。ルーキーイヤーで26試合に登板、12勝8敗。170回3分の2を投げて防御率2・48の成績で新人王に輝いた実績の持ち主だが一転、一度は死んだ身となった。過去の栄光にしがみついている立場ではない。すべてのプライドをかなぐり捨てて野球に取り組む姿勢は、炎天下、気温30度を超す真夏日の中でみせた八木のピッチングが現在の気持ちを物語っている。この日の内容は6回、82球、被安打5、奪三振4、与四球0、失点、自責点が2。やや変則的なモーションからのストレートは、電光板の球速でマックス140キロをマーク。与四球の0も好調を裏付けるバロメーターだ。同ピッチングコーチは「調子ですか…。いい感じでしたね。特にストレートは、質のいい生きたストレートを投げていましたね」とみている。

 要するに、チームとしては1軍扱いでありながら、事情があってファームで調整しているのが現状。まさかの調整法に少々びっくりさせられたが、相性はあるもののこれだけはっきりした数字が出ていると、相手が必要以上に意識してくれるのは確か。八木はいつも通りの自分のピッチングをしていても、打てないとなると相手バッターが勝手にいろいろとむずかしく考えてくれる。こうなればますます八木の術中にはまり込む。この状況を持続していくことが今後の自信となり、いずれは各チームに通用する投手になる可能性が出てくる。本人は「自分の場合、ボールを散らしてピッチングを組み立てないといけないのに、今日の5回は球を1カ所に集めすぎて打たれてしまいました。でも次のイニングは切り替えて内角の球を使ってみたら、いい結果が出ましたから」。もう、己を知り尽くしている。実戦から遠ざかると手探りのピッチングになる。これで準備は整った。本当に勉強不足でした。こういうケースがあることを肝に銘じておきます。