広陵の中井哲之監督(61)が、大商大の1学年先輩で悪性腫瘍のため5日に62歳で死去した西武の投手育成アドバイザー、清川栄治(きよかわ・えいじ)さんを悼んだ。

内野手だった中井監督は、清川さんと関西6大学リーグで3年間、共にプレー、3季連続優勝を飾った。1982年(昭57)には、明治神宮大会に出場し、準優勝を飾った。

第一声で「寂しくなりましたよね」。そして、逸話を交えて清川さんの人柄を語った。「清川さんといったら、自分に厳しくて、真面目で丁寧なイメージがすごく残っていますよね。すごく苦労された方っていうのは学生の時から聞いたことがあって。その分すごく頑張られてたし、丁寧だし、優しかったし、プロに入っても自分1人だけ洗濯物をポンと投げずに、たたんで、ホテルの前に置いたことを(人づてに)聞いた」と振り返った。

「清川さん以外の方が言われるから本当だなと思うんですよ。(かつての同僚が)僕に、『清川さんって立派よね』って。『なんで?』って聞くと、『洗濯物出すにしてもね、ホテルの前に全部洗濯物をたたんで、背番号が上にくるように置かれて。そういう方だもんね』って。他の人はぽいって置くか、正しい位置に置くのが精いっぱいぐらい。そういう畳み方をして置いてあったっていうのは、『あ、やっぱりすごいな、野球だけじゃなかったんだろうな』って」。

逝去の発表を受け、中井監督は脳腫瘍を患い、44歳の若さでこの世を去った自身の弟の存在を重ねた。「記事を見たときにびっくりして。もし、薬も飲むなら、副作用もあったんだろうなと思いながらですね。すごくいろんな球団に渡り渡って、社会人まで進まれて。僕の同級生が集まったら、『ええ先輩だったよな、今も元気でされるんだろうね』と。まさかこういうお病気になられてることも知らず、野球界には携わってるってことは聞いてはいたんですけど。闘病生活も長かったのかなと思いながら、そんなことを感じてましたけど、もうだいぶたつんですけど。なんとなく、胸が打たれるっていうか。周りの皆さん、辛かっただろうなと思いながら。そんなことを感じてますけど」。

故人を偲んだ後「すごく立派な方だったんで、悔やまれる方多いと思いますけど、清川さんが残されたものをね、少しでも感じた人がまねしていくっていう、伝えていくところは伝えていきゃいいなっていうのは思います」と誓った。