<ソフトバンク4-4西武>◇29日◇福岡ヤフードーム
ソフトバンク松中信彦内野手(34)が西武戦で涌井から23号2ランを放って、史上34人目となる通算300号をマークした。ホークスとして通算300本塁打以上は野村克也、門田博光に次いで3人目。球団の歴史に新たな1ページを刻んだ。
松中が勝利には届かなかったが、地元で節目となるプロ通算300号を放った。3点を追う3回。2死二塁の好機に打席が回ると、西武先発涌井の内角直球を力で右翼席中段まで運んだ。8月15日のロッテ戦(千葉マリン)以来9試合、37打席ぶりとなる23号2ラン。松中は「点を取られた後だったので、何とか流れを変える打撃をと思っていた。チャンスに打ててよかった」。ダイヤモンドを1周すると、ベンチ前で花束を高々と掲げた。
記念すべきプロ第1号は98年9月5日の西武戦。場所は同じ福岡ドーム(現福岡ヤフードーム)で、投手は西口だった。「本当にプロでやっていけるのかと、不安な日々を送っていた時にようやく出た1発。今でも当然、忘れない」。アマチュア時代は全日本の4番に座ってアトランタ五輪も経験したが、入団1年目はほとんどが2軍暮らし。本塁打は1本も打てなかった。レギュラーに定着したのはプロ3年目の99年。実質10年で300本もの本塁打を量産した。
04年の3冠王も、ケガの影響などがあって過去2年は合わせてわずか34本塁打。「250から300本目まで随分と時間がかかってしまった」と振り返る。今季は巻き返しを誓って、自主トレから徹底して下半身強化。体の切れを取り戻した。1本800円もするという水を飲むなど体調管理にも気をつけている。「300本は通過点。もっと上を目指さないとね」と目標も高くなった。
試合は延長12回の末にドローに持ち込んだ。王監督は「節目なんてもんじゃない。400、500と先を狙っていかないと」とさらなる期待を寄せた。松中は「勝てればよかったけど、負けなかったことが一番だよ」。試合後、長男大輝君から手作りの300号記念メダルを首にかけられた。その時ばかりは、パパのやさしい顔になっていた。【石田泰隆】



