<日本シリーズ:日本ハム0-2巨人>◇第6戦◇7日◇札幌ドーム

 日本ハムの3年ぶりV、梨田昌孝監督(56)悲願の日本一はならなかった。日本シリーズ第6戦(札幌ドーム)で、日本ハムは巨人に敗れ、対戦成績2勝4敗で、シリーズ制覇を果たせなかった。就任2年目の梨田監督は近鉄時代に選手、監督で日本一に3度挑戦して敗れており、自身4度目の日本シリーズは、悔しくもあり、来年への糧ともなる敗戦となった。巨人は、7年ぶり21度目の日本一に輝いた。

 終わりが来た。梨田監督は舞うことができなかった体を、ベンチへ預けた。原監督の胴上げをしっかりと目に焼き付けた。毎回安打ではシリーズ史上初という黒星で、壮絶に幕を下ろした。打つ手はかみ合わず、選手も気迫が空転した。「残念というか、せめて7戦までいきたかった。もう1日、試合をしたかった」。最終9回も一打同点の2死二、三塁まで追い込んだが、無得点。巨人を最後の最後まで苦しめたが、完封負けでジ・エンドだった。

 悲願成就は4度目の今回も、お預けになった。近鉄時代に選手で2度、監督として1度、日本一という大きな壁に屈した。選手には06年日本一経験者が多く残るが、ほかには分からない特別な思いがあった。「ほかの選手たちは、06年に(日本一に)なっているわけだから。絶対になりたいと思う。近鉄の人たちの分も背負っているようなところもある」。55年間、日本一を遂げられずに消滅した近鉄OBの代表としても臨んだ大一番だった。

 日本シリーズ進出決定直後、1本の電話を入れた。近鉄監督時代に、捕手としての才能を見いだしてもらった西本幸雄氏(89)。8度、日本シリーズへ挑みながらも1度も勝てなかった。「悲運の名将」の異名で知られる恩師。経験者だけが知る、重みのある言葉で鼓舞してくれた。「そう(日本シリーズで)勝つチャンスは多くはないぞ、頑張れ」。日本ハム監督就任の時には相談をし、快く背中を押してもらった。ユニホームの下には猛牛魂を秘め、球界の盟主と、身を削るような1戦、1戦を戦ってきた。

 屈しはしたが、最後まで夢を見た。リーグ連覇を達成したチームを引き受けた就任1年目の昨季は、3位に終わった。現ロイヤルズ監督のヒルマン前監督との采配の違いを、周囲から批判された。札幌ドームの監督室へと届けられる、ファンから送られた采配批判の手紙の山。しっかりと意見に目を通した後に、誰の目にも触れず、こっそりと行っていた“儀式”がある。「その手紙をバリバリと破る時の爽快(そうかい)感がね。破るよ、そりゃ気分悪い。最後に手紙を破る時は気持ちいいよね」。今季は、ほとんど投書は来なくなった。自力で残した結果で、認めさせた。

 呪縛(じゅばく)は、解けなかった。選手として初めて大舞台に臨んだ79年。広島との死闘になった第7戦は、時間が止まったように覚えている。1点を追う9回裏無死満塁で、江夏豊から1点も奪えずに敗れ去った。伝説として語り継がれる「江夏の21球」を目の当たりにし、梨田監督の日本一への挑戦が始まった。「選手の時に鮮明に覚えているのが『江夏の21球』。野球っていつもそうなんだけれど、何が起こるか分からない。とんでもないことが起こるし、予測できないことが起きる」。

 そんな苦い経験に裏打ちされた野球観を、最後まで貫いた。しっかりと現実を受け入れた。「三振もあり、四球もあり、エラーもある。それが野球。悔しいけれどね…。今回は巨人が1枚、上だった」。その先へと続く言葉は、グッとのみ込んだ。契約最終年の今季途中で、契約期間は2年延長された。「また若い選手を鍛えてやっていくよ」。壮大な夢には1度、別れを告げた。あと1歩を上り詰めるための精進が、また始まる。【高山通史】

 [2009年11月8日12時19分

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