<日本シリーズ:ソフトバンク3-0中日>◇第7戦◇20日◇福岡ヤフードーム

 「非情の采配」で秋山ソフトバンクが、涙の日本一に輝いた。3勝3敗で迎えた「天王山」。3点リードの9回2死、秋山幸二監督(49)は守護神馬原ではなく、摂津を投入。勝利に徹した冷静なタクトが、ダイエー時代の03年以来、8年ぶり5度目(南海、ダイエー時代含む)の日本一に導いた。全11球団に勝ち越す圧倒的なチーム力でパ・リーグを制し、CSファイナルステージも3連勝で突破するなど、最後まで力の違いを見せつけた。25日からアジアシリーズ(台湾)に出場し、アジア一で今季を締めくくる。

 喜びを爆発させるナインの姿を見守った秋山監督の目が、どんどん赤くなった。選手1人1人と握手すると、リーグ優勝でも、CS突破でも押し殺していた感情を抑えきれなかった。顔をクシャクシャにして、泣いた。ホークス8年ぶりの日本一になぞらえ、胴上げでは8度舞った。「僅差で選手も疲れたと思うが、頑張ってくれた。12球団一の投手陣。みんなが持ち場持ち場で頑張ってくれた」と、真の王者にたどりついた実感をかみしめた。本拠地で連敗スタート。6試合目までビジターチームが勝利する展開に「外弁慶シリーズ」と呼ばれた。だが、最後に笑った。

 就任3年目での頂点。まいた種が、大きな花を咲かせた。08年10月、王前監督からバトンを受けた。自分の使命を、船頭役として勝ち方をたたき込むこと、と感じた。その思いは、日本一を目の前にした天王山での継投に象徴される。9回のマウンドに送ったのは8回から登板していたファルケンボーグ。右腕に打球が直撃して緊急降板すると、森福を送り出した。誰もが、不調とはいえ、最後は守護神馬原と思ったはずだ。2死となって投入したのは摂津だった。「短期決戦。調子のいい人をどんどん使いたかった」と、事もなげに言った。

 勝ち方は誰よりも知っている。昨秋CS敗退時、球団はカブレラ、内川の調査を進めつつ、投手補強も狙っていた。だが、1週間後、軌道修正に乗り出す。正捕手候補として、細川の調査を王球団会長はじめとするフロントに直訴した。バッテリー力を再構築する狙いは間違っていなかった。強力投手陣を武器に、交流戦を制し、史上初の完全優勝によるリーグV。CSも一気の3連勝で涙の歴史に終止符を打った。現役でダイエー初主将として99年日本一の立役者は、立場を変え、再び歓喜を福岡にもたらした。

 勝つ味は、プレーヤーとして10度の日本シリーズ出場で知った。中でも自身2度目の大舞台となった86年は、前例にない8試合を戦う死闘。広島との決戦で第8戦に本塁打し、バック宙ホームインした。前年度は右手人さし指を骨折したまま日本シリーズに臨んで散々だった悔しさを晴らした。逆境からはい上がってきた男らしく、天王山で勝った。「今年は震災のこともあった。特別な1年。第7戦で最後の最後まで野球が注目されて良かった」という感慨が身を包んだ。

 情は挟まなかった。敵将の落合監督は今季限りの勇退が決まっていた。85年ロッテ落合は、52本塁打を放って三冠王。同じ年に西武秋山は1軍定着し、40本塁打と争った。当時、落合監督の信子夫人に言われた言葉が脳裏に残っている。「いつまでもいいライバルでいてね」。センターから見たロッテ落合の打撃フォームの美しさは今でも忘れていない。熱戦を終えると、落合監督にあいさつに向かう姿があった。

 「来年も日本一を狙うと、高らかに掲げたい」と言い切った。球界にCS制度が導入されて以降、連続して日本一になったチームはない。ソフトバンク球団初の日本一を成し遂げた次は、2年連続での頂点に歩み始める。【松井周治】