ヤクルト球団相談役最高顧問で、元オーナーの松園直已(まつぞの・なおみ)氏が、9日午後3時7分、心不全のため神奈川県鎌倉市の病院で死去した。89歳だった。通夜、告別式についてはすでに近親者のみで済ませており、12日、球団から公表された。
1998年(平10)6月、ヤクルト本社が1000億円の損失を出した問題の責任を取り、本社会長だった桑原潤オーナーが辞任した際に、ヤクルトのオーナーに就任した。双子の弟にあたる故松園尚巳氏も91年まで、同球団のオーナーを務めており、球界では珍しい双子のオーナーだった。
北海道出身の若松勉氏が入団した時のヤクルト北海道本社社長で、01年にチームが優勝し、指揮を執った若松監督が胴上げされた際には、試合後にチームの祝宴の席を訪れてともに祝うなど、人情味のあるオーナーだった。
オーナー就任当時は球界のことをあまり知らなかったためか「気が重い」と話すこともあったが、球界発展のために尽力したいと常々話していた。本社が損失を受けた際のオーナーだったにもかかわらず、球団の身売りについても一貫して反対の立場をとり続けた。
◆松園直已(まつぞの・なおみ)1922年(大11)7月15日、長崎県生まれ。38年(昭13)10月、熊本逓信講習所卒。69年ヤクルト本社常務(北海道支店長)、87年副社長、91年(平3)副会長に就任し、95年相談役に。ヤクルト球団では91年から取締役(非常勤)で、98年6月から03年3月までオーナーを務めた。94年12月15日に72歳で他界した故松園尚巳元オーナーの双子の兄。




