<中日0-7阪神>◇9日◇ナゴヤドーム

 素晴らしい!

 いきがいい!

 気迫がいい!

 阪神に新星が現れた。岩本輝投手(19)がプロ初登板、初先発、初勝利を飾った。山口・南陽工出身のプロ2年目右腕は、中日相手に6回2安打無失点。鬼門ナゴヤドームでの勝利に導いた。あっぱれ、「津田2世」。トラの未来を明るく照らしてくれ。

 気迫が全身からあふれ出ていた。1回2死一塁。岩本は中日4番ブランコに直球勝負を挑んだ。右前へ抜けそうな当たりを、上本がダイビングキャッチ。ピンチを切り抜け、勢いよくポンとグラブをたたいた。先頭大島の中前打から始まった緊張のデビュー戦。弱気は封印した。

 岩本

 やっぱり最初は緊張しました。こんなにうまくいくと思っていなかったです。1人1人、慎重に投げたのが良かったです。

 2年目とは思えない落ち着いたマウンドさばきだった。2回に先頭井端に左前打を浴びて以降は完璧。最速142キロの直球に最遅96キロのスローカーブ。緩急で的を絞らせず、二塁さえ踏ませなかった。6回2安打無失点で、阪神では07年小嶋以来となる初登板初勝利。小宮山から手渡されたウイニングボールを、右ポケットにそっとしまった。

 岩本

 先発を言われた時から狙っていました。(勝利球は)親に渡します。

 19歳右腕は「炎のストッパー」の魂を宿してマウンドに上がる。登板前に大切な白球をギュッと握りしめる。南陽工の先輩で、広島のストッパーとして活躍した故津田恒実氏(享年32)のサインボールだ。「ここでやんないとな、って時に『よしっ』って自信がつくんです。試合前に握って魂をもらっています」。寮の自室に保管し、遠征先にも持参するお守りだ。

 ドラフト直後、ファンが殺到する“岩本フィーバー”が起こり、高校近くの旅館で下宿した。近くに津田氏のかつての下宿先があり、その関係者からプレゼントされたお宝品。「14じゃなくて15番の時のなんですよ」。津田氏が背番号15をつけていたのは82~84年の3年間。「津田2世」は若き日の津田氏の魂を受け継いでいる。

 岩本

 この1勝で終わらず、積み重ねていきたいです。

 ナゴヤドームでのカード勝ち越しは09年9月以来3年ぶり。8月12、14日以来の連勝で借金をまたひとつ減らした。勝利に導いた岩本は登板間隔が空くため、今日10日に出場選手登録を抹消されるが、再びチャンスが巡ってくるのは確実。若き右腕の輝きが、まばゆかった。【岡本亜貴子】

 ◆岩本輝(いわもと・あきら)1992年(平4)10月21日、山口・防府市生まれ。南陽工で2年春、3年夏に甲子園出場。10年ドラフト4位で阪神入団。今季ウエスタン・リーグで13試合に登板して3勝6敗、防御率3・44。182センチ、81キロ。右投げ左打ち。

 ◆津田恒実(つだ・つねみ)1960年(昭35)8月1日、山口県生まれ。南陽工(山口)で78年春夏に甲子園出場。協和発酵を経て81年ドラフト1位で広島入りし、1年目に新人王を獲得。89年に28セーブで最優秀救援投手。通算286試合で49勝41敗90セーブ、防御率3・31。91年に体調の悪化で引退。93年7月20日、脳腫瘍のため32歳で逝去した。

 ▼2年目の岩本がプロ初登板を白星で飾った。阪神投手のプロ初登板初勝利は07年4月1日小嶋が広島戦で記録して以来だが、岩本はまだ19歳10カ月。阪神で10代投手の初登板初勝利は、19歳5カ月の西村一が55年4月5日の開幕戦で大洋相手に先発勝利を挙げて以来、57年ぶり。