<セCSファイナルステージ:巨人2-4阪神>◇第3戦◇17日◇東京ドーム

 勝負の流れが逆流し始めた時、猛虎にはこの男がいた。6回、1点差に迫ってなお一、二塁。巨人は杉内を早々に諦めて西村を送り込んだ。次打者の新井良がベンチに下がる。虎党の六甲おろしに乗って登場したのは代打福留孝介外野手(37)だった。

 「準備はできていた。こういう試合だし(相手が)早めに手を打ってくるというのは想定していた。とにかく投手に向かっていこうという気持ちだった」

 勝負はひと振りで決めた。1ボールから外角速球を思い切りたたいた。引っ張らせたくない相手バッテリーの心理を見透かしたかのようにレフトへ。打球は左翼手の頭上を越え、フェンスを直撃する同点二塁打。何度も修羅場をくぐり抜けてきた男が両手を激しくたたいて喜びを表現した。

 今季、関係者から渡された数枚の写真がある。8月1日、DeNA戦でサヨナラ打を放った直後のもの。祝福の水シャワーを浴びせられる寸前、よく見ると真っ先に駆け寄っていたのはベテラン新井貴。ただ、1学年上の先輩は一番乗り目前で足を踏まれ、しかめっ面のまま歓喜の輪からフェードアウトしていた。

 「新井さん、一番早くきたんだけど、足、踏まれたんだよね(笑い)」

 熱い気持ちがほとばしる先輩の姿を見て、福留はうれしそうだった。かつて、MVP、首位打者を獲得した男の手に今、個人の勲章はない。戦いの原動力は仲間たちと最後に笑いたいという願い。かつて「個人主義」「孤高」と呼ばれた姿はそこにはない。この日、自分に代わって右翼スタメンに入った新井良も、その姿勢を認める1人だ。

 「良太はライトは慣れていないだろうけど、自分なりに考えてる。こういう場合は僕はこうプレーしたんですが、孝介さんはどうやってますかと聞いてくる」

 どんな境遇でもチームに貢献しようとする選手には惜しげもなく、技術の引き出しを開ける。だから福留は良太の守備練習に、とことん付き合う。自らの1発で突破を決めたファーストステージ。そして日本シリーズまでも、あと1勝に迫った。

 「もちろん、あと1つ勝てばいいんだけど、明日、相手に流れを渡すことなく決められれば、理想だね」

 仲間たちと笑い合える時が迫ってきた。勝つことでしか手に入らない、その瞬間のために全てを注ぐ。【鈴木忠平】