◆81年工藤公康投手(名古屋電気)熊谷組入りが内定。全球団に断る通達まで出したが、西武が6位指名。根本陸夫管理部長が口説いて入団。

 ◆82年荒木大輔投手(早実)早大進学希望で固まっていたが巨人とヤクルトが1位指名。抽選で交渉権を獲得したヤクルトが松園オーナーの直談判などで軟化させ、入団にこぎつけた。

 ◆85年桑田真澄投手(PL学園)早大進学を表明する中、同僚の清原を1位指名するとみられた巨人が桑田を1位指名する大波乱。桑田は方針転換して入団。

 ◆94年城島健司捕手(別府大付)駒大進学を表明していたが、地元九州のダイエーに1位指名され入団。