<日曜日のヒーロー>

 これほど言論の自由を体現し、謳歌(おうか)してきた人はいないだろう。タレント大橋巨泉(80)。昨年11月に中咽頭がんと診断され、手術と放射線治療を経て戻ってきた。「死に損なったから、もう少し言いたいことを言おうと思う」。好きなことが言えない風潮やテレビの力の低下をうれう。この人の言葉は、まだまだ必要である。

 スラックスの上から両手で包んで見せた太ももは、ハッとするほど細かった。

 「そのころ女房が見た俺の顔は骸骨に皮が付いているだけだと。歯の形も浮き出ていたという。さすがに怖くて写真を撮る気になれなかったと言っていた。もう、どうでもいいやと思うようになった。生まれて80年、死んでもいいと思ったのは初めてだよ。こんなつまんない人生なら」

 ギリギリのところで自分に問い掛けた。「お前は本当の老人になりたいのか?」。真夏のニュージーランドでリハビリすることを選んだ。飛行機にもようやく乗ってたどり着いた。食べるにはまず運動だと、毎日歩いた。最初は500メートルでも息が上がった。今は1キロ半程度は普通に歩けるようになった。そうしたら味覚が徐々に戻ってきた。今は甘味も感じられる。好きなゴルフも、もう少し体力が付けばできる。

 「再認識したのは『人はパンのみに生きるにあらず』と言うけれど、パンも食えない人生なんて死んだ方がましだよと。英語で言えば『クオリティー・オブ・ライフ』。生きている質がいかに大事か。ただ呼吸して水を飲んで、食って、排せつして生きているのは人生じゃない。自分が感じられるものを感じ、楽しんで初めて人生だ」

 多くの人気番組の司会を務め、テレビ界の礎と黄金期を築いたが、56歳でリタイアを宣言した。以来、日本の梅雨から夏にかけてはカナダで過ごし、寒い冬は南半球で過ごす。本人は太陽を追いかける「ひまわり生活」と呼ぶ。1年の半分以上を海外で暮らしながら日本を見ているからこそ、リベラルな思想と国際感覚が身に染み込んでいる。

 今のテレビをどう見ているのか。

 「見るに堪えない。テレビ欄を見れば分かるだろ。午後7時から10時ごろまで何とかスペシャルとか、そんな番組ばっかり。訳の分からないお笑いタレントを集め、バカみたいに話して笑っているだけ。バラエティーでも何でもないよ。バラエティーはいろんなことをやるからバラエティー。あんなの単なる無駄話だ。(バラエティーは)かろうじて言えば『笑っていいとも!』だったな。あれはタモリという優れたタレントがいたからだが、タモリがスターを呼んでトークするコーナーもあったし、ゲームもクイズもあったし、バカ話もあった。それが今じゃ(後番組は)視聴率3%か」

 この人だからこそ言える言葉だろう。

 「金をかけないといけないところにかけなくなったからね。例えば『クイズダービー』は、竹下景子が最初に出てきた時は単なる女子大生女優。はらたいらだって面白くない漫画家。篠沢教授も何も知らない大学教授だ。初期は全然タレントに金はかかってないよ。俺が一番金をかけたのは、問題を作る作家10人。どこに行っても一流の番組を1人で書ける作家を10人雇った。そこに金をかけたんだ」