高齢ドライバーによる死亡事故が後を絶たない。3月には75歳以上の運転者が免許を更新する際の認知症対策を強めた改正道交法が施行される。日刊スポーツは、事故が招く悲劇を直視し、運転が困難になった高齢者が免許を返納できる社会のあり方を考える。初回は2015年12月、さいたま市で80代の男が運転する車にひかれ、亡くなった稲垣聖菜さん(当時15)の家族に話を聞いた。母智恵美さんは被害者の立場から、運転の「適性」を判断する統一基準をつくり、厳格にチェックすべきと訴える。

 聖菜さんの自宅には、笑顔や、踊る姿を写した多くの写真が飾られている。高校でダンス部に所属。「明るく、正義感が強く、頑張り屋さんだった」と智恵美さんは話す。15年末、ライブ会場に向かっていた聖菜さんは、男(当時80)が運転する車に突っ込まれた。男は、アクセルとブレーキを踏み間違えていた。

 事故の後、免許のあり方を考える機会をつくれないかと、聖菜さんの友人たちが立ち上がった。オンライン署名サービスで、高齢者の免許更新制度の改正や、返納後の交通手段確保などを求め、賛同を募り始めた。免許の自主返納制度にも触れた。智恵美さんが知ったのは約2カ月後。「救われた。後押ししたい」と考えた。署名の賛同者は、2万5000人を超えた。

 「当初の思いは、私も同じですが、やり切れなさからだったと思う」。賛同者の意見も踏まえ、議論を始めた。免許取得を年齢で区切る案も出たが、運転の権利を奪うことになる。そんな中、「適性を調べるための『試験』があればいいのでは」という声が出た。

 「学生は希望校に合格できなければ、ほかの手段を選ぶ。車の運転も適性を調べ、ないと判断されれば、別の選択肢があってもいいのではないか」。免許は一生ものの資格。自分の意思で更新できるが、実際の運転技術と重なるのか。それを調べることが目的だ。

 運転能力などに関する、全国統一の適性基準をつくり、携帯電話のアプリなどを利用してシミュレーション検査を行い、適性を調べる。結果は本人だけでなく、行政も共有。「免許の返納に至らなくても、『危ないというステップ』をつくる」ことで、運転者側の意識に働き掛けるという。

 最終的にリスクが判断され免許返納となれば、バスやタクシー券などの代替手段が必要。行政の対応は不可欠だ。歩行者と車道の分離など街づくりの段階で、事故を防げる場合も出てくる。社会全体で考えなければならない問題といえる。

 聖菜さんの誕生日は12月25日。事故は16歳の誕生日の2日前だった。「私たちの世代がもっと早く動くべきだった。誰もが事故の当事者になる可能性がある。親には、子どもが元気なのが前提。こういう制度の確保は、子どもを守るための大前提と思う」。改正道交法は認知症対策に踏み切るが、「認知症の方の適性検査が変わることだけで、手いっぱいになるかもしれない」と納得はしていない。

 高齢ドライバーの事故は続く。智恵美さんは娘の友人と考えたプランを携え、問題提起に踏み出すつもりだ。【中山知子】

 ◆さいたま市の事故 判決などによると15年12月23日、さいたま市浦和区の市道で、車を運転していた男が道路を横断する聖菜さんに気付いた際、ペダルを踏み違えて、急に加速。渋滞で停車していた車にかすりながら、左側を歩いていた聖菜さんをはねた。聖菜さんは車と駐車場の鉄パイプの間に挟まれ、亡くなった。男は自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われ、さいたま地裁は昨年12月、「高齢だったことを酌んでも、行為責任の観点から執行猶予が相当とはいえない」などとして、禁錮1年6月の実刑判決を言い渡した。刑は確定した。