「交通事故は原因が些細(ささい)なのに結果が重大。だからこそ、悔しいんです」。タレント風見しんごさん(54)は07年1月に小学校5年生だった長女えみるさん(当時10)を交通事故で失った。13年12月に76歳で死去した父・大下政富さんは11年間、若年性アルツハイマー病と戦った。車の運転をめぐり、父と激しくもめた経験もあるが、運転をさせなかったことは、正しかったと思っている。運転者の責任とは-。風見さんに高齢者の運転免許についての考えを聞いた。【聞き手・清水優】

 交通事故は突然、誰にでも起きる。風見さんは、その恐ろしさを訴え続ける。

 風見 えみるの事故の相手は若い運転手でしたが、交通事故はどれも突然、重大な恐ろしい結果を招くのです。加害者も1秒前までの人生が全部、壊れてしまう。どんなに夢を持った子供だろうが、まっとうな人生を長い間、苦労して生きてこられたおじいちゃんであろうが、交通事故は当事者を選んでくれないんです。

 07年1月17日朝。青信号の横断歩道で、登校中のえみるさんは事故に遭った。

 風見 なんの変哲もないいつもの朝。妻が作るサンドイッチをほおばって。赤いランドセルを背負って「行ってきまーす」。あとで考えると「天国へ行ってきます」だった。毎日、聞いていた「行ってきます」の意味が全然変わってしまった。玄関を出て100メートル先でもう一度手を振って。右に曲がって50メートルの横断歩道でした。向かいの道から右折してきたトラックにはねられて、9メートル進んでタイヤの下敷きになった。(運転手の語る)理由は「気が付きませんでした」。そんな些細な理由で、どうして命が奪われるのか。時間がたてばたつほど、どうしても考えてしまう。高齢者の事故のニュースを見ても思うんです。踏み間違えました-。理由が些細だからこそ理不尽だし、悔しいし、切ない。

 トラックは登校時間は通行禁止のスクールゾーンから交差点に入った。起きるはずのない事故だった。

 風見 えみるがこの世で最後に見た景色というのはどんな景色だっただろうと常に考えてしまう。

 高齢者、認知症、交通事故。広島の父政富さんはアルツハイマー病だった。99年に母登八子さんが死去し、父は1人暮らしで車は必需品だった。

 風見 父が亡くなるまで11年間、認知症だったんです。03年に65歳で若年性アルツハイマー病の診断を受けた。えみるの事故の4年ほど前になります。広島の父の親友が「おまえのおやじ、少し様子が変だぞ」と教えてくださった。その方を乗せて高速道路を走っている時、父がブレーキをかけたらしいんです。赤信号だと思ったと。

 父がハンドルを握ることの危険を感じた。風見さんは、心を鬼にして車の鍵を父から取り上げる行動に出た。