大阪・西成の路上でギターを演奏し続けて23年、83歳の演歌ギタリストが引退のピンチを迎えている。タクシー運転手を60歳で定年退職したのを機に路上デビューした堺市の泉敬三さんは、冬の間と雨の日以外はほぼ毎日、客の要望に応え、「路上カラオケ」の伴奏のギターを弾いてきた。今春、住民の「苦情」から路上に出る機会が減り、引退も考えるようになった。

 大阪のシンボル、通天閣を抱く大阪の繁華街・新世界。串カツ店が軒を連ねる「ジャンジャン横丁」南端が泉さんの本拠地だ。「よう、元気かいな。寄っていってや」。一斗缶に座り、常連客に声をかけると、人の輪ができる。要望があれば、自らも歌う。好きな曲は「無法松の一生」だ。

 愛媛県宇和島市の農家の三男として生まれた。13歳の時、ギターを覚えた。20歳のころ、大阪へ。定年退職し「自分が楽しく、人に楽しんでもらうことをしよう」。レパートリーは昭和30年代の演歌を中心に約120曲。金額は客が決めるが、1曲100円が相場だ。客の中には「泣きながら歌う人もいる。みんな、背負っているものがあるねん」。4月に入り、泉さんのもとへ警察官が訪れる回数が増えた。近所から苦情があったからだ。

 「別の場所でやるにしてもな…。もう引退しようかなと思っているんや」。本拠地を移す悩みとともに、引退を後押しする事情もある。「景気が悪いからかな。最近は歌って遊ぶ余裕がある人が少なくなってしまった…」。路上ギタリストが決断する日は近い。【松浦隆司】