AKB48の高橋みなみが、25歳の誕生日の8日に卒業を迎えた。これまでAKB48グループを取材してきた日刊スポーツ大友陽平記者が見た「高橋みなみ」について書いた。
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「こちらのミスです。本当に、申し訳ございませんでした」
目の前に、90度に頭を下げる高橋みなみがいた。「いやいやいや、そんなにしていただかなくても…」。その行動に驚き、ただただ恐縮する我々をよそに、たかみなは謝り続けた。
約2年前。月刊AKB48グループ新聞の取材で、たかみなと、他のメンバー2人の座談会を企画した。取材当日。スタッフの確認ミスなどが重なり、1人のメンバーが現場に来ることができなかった。その1人がいないと成り立たない取材で、日を改める方向で話を進めている中、もう1人のメンバーを伴って、たかみなが謝罪に来たのだ。
たかみならメンバーに一切非はなかった。ある意味、自分たちも“被害者”だった。もちろん私たちが謝罪を要求するでもなく、たかみなもスタッフらに促されたわけではない。それでも、スタッフのミスも、自分たちのミス。人一倍強い責任感が、そうさせていたのだろう。とてもマネできない行動だった。
思えばたかみなのそんな行動を、ほかでも見たことがあった。数年前のNHK紅白歌合戦のリハーサル。人がごった返す廊下で、少しバラバラに並んでいたグループのメンバーをきちんと整列させていた。
「だって、たくさんの関係者の方がいるのに『AKB48ってだらしない』と思われたくないじゃないですか」。
総監督としての立場もあるが、それよりも強いのは、グループへの愛情と、一からグループを作ってきたという意識の強さだと思う。だからメンバーであれ、スタッフであれ、グループのためにならないと思ったことには、遠慮なく意見してきた。もちろん、自分の行動も律しながら…。
3月27日に横浜スタジアムで行われた卒業コンサートの直前リハーサル。スタッフはみんなで卒業グッズを身につけた。スクリーンには、スタジアム内の看板の文字の一部が順番に写し出されていた。「『高』『ミ』『ナ』を応援しています」。粋な計らいで、グループ最大の功労者を送り出した。たかみなも、コンサートでのスピーチの大半は、衣装、映像、マネジャー…と、スタッフへの感謝の言葉に当てていた。そんな卒業スピーチ、聞いたことがなかった。しかしそれこそが、10年間、一緒に歩んできた絆の証しだった。【大友陽平】

