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サンボ浅子さん(元プロレスラー)が糖尿病のため死去

サンボ浅子さん

 FMWで活躍した元プロレスラーのサンボ浅子さん(本名・浅子文晴=あさこ・ふみはる)が04年5月18日午後9時38分、糖尿病のため都内の病院で亡くなった。40歳だった。告別式は「サンボ浅子お別れ会」として23日午後1時から東京都江東区富岡1の15の9、富岡斎場で行われる。喪主は兄仁貴(ひろたか)さん。葬儀委員長は大仁田厚が務める。

 浅子さんは旧UWF、ジャパン女子で営業担当をしていたところを大仁田にスカウトされて、89年のFMW旗揚げに参加。世界サンボ選手権で2位になった関節技に加え、177センチ、130キロの体格でトペ・コンヒーロなど空中技も得意にしていた。無類のタフネスでも人気を集め、大仁田、ターザン後藤に次ぐNO・3の存在だった。

 95年の引退後は糖尿病との闘いだった。02年に壊疽(えそ)で右足をヒザの上から切断。緑内障で右目の視力も失ったが、病床からインディー復興へ新ヒーローの出現、ポリシーのある団体運営を強く望んでいた。FMWでともに闘ったハヤブサは「入門したときから本当にお世話になった。長い闘病生活で疲れた体を(天国で)ゆっくり休めてほしい」と言葉を詰まらせた。

写真=サンボ浅子さん

◆サンボ浅子(あさこ)
 1963年(昭和38年)8月27日、東京都中央区生まれ。81年に世界サンボ選手権3位、82年に同選手権2位。89年12月1日の徳田光輝戦でデビューした。95年1月の大仁田戦で引退し、都内に居酒屋「サンボ浅子の店」をオープンした。独身。


関係者悲しみの声

 WAR時代に対戦した天龍源一郎 いつもニコニコしていたが打たれ強さは半端じゃなかった。サンボをプロレスに持ち込んだ彼が、今日の総合格闘技ブームの草分け的な存在だったのかもしれない。

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