| 日本代表、初の世界舞台で上位狙う |
| フットサル世界選手権 11月21日〜12月5日in台湾 |
フットサルのW杯といわれるフットサル世界選手権が21日、台湾で開幕する。4月に行われたアジア選手権で2位に入った日本は、初めて自力で出場権を獲得。大舞台で上位進出を狙っている。
大会は16チームが4組に分かれて1次リーグを行い、各組上位2チームが2組に分かれた2次リーグに進出。その上位2チームが準決勝に進む。1次リーグでC組に入った日本は、アテネ五輪サッカー男子と同じくパラグアイ、イタリアと同組となり、試合順も初戦(21日)でパラグアイ、第2戦(23日)でイタリア、最後の第3戦(25日)で米国と対戦することになった。
13、14日には初戦の相手パラグアイを想定したアルゼンチン代表と壮行試合を行い、1−2、3−1の1勝1敗で終えた。これまで、サッカー代表のような国内での親善試合をしたことがなかったフットサル代表だっただけに、国内初の代表お披露目試合に会場は大盛り上がりとなった。
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| FIFAフットサル世界選手権 |
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開催年
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開催地
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優勝国
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日本の成績
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1989
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オランダ
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ブラジル
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招待で参加
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1992
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香港
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ブラジル
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アジア予選敗退
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1996
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スペイン
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ブラジル
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アジア予選敗退
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2000
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グアテマラ
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スペイン
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アジア予選敗退
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2004
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台湾
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?
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初の自力出場
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| AFCフットサルアジア選手権 |
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開催年
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開催地
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優勝国
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日本の成績
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1999
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クアラルンプール
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イラン
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4位
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2000
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バンコク
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イラン
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4位
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2001
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テヘラン
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イラン
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4位
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2001
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ジャカルタ
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イラン
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2位
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2003
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テヘラン
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イラン
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2位
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2004
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マカオ
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イラン
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2位
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※00、04年は世界選手権予選を兼ねる
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1次予選で日本は、パラグアイ、イタリア、米国と強豪ぞろいのグループに入った。最終目標は優勝だが、現実的な目標としては1つでも多く、勝ち星を挙げること。そのためには、初戦のパラグアイ戦がカギになる。くしくも、アテネ五輪でサッカー男子も、パラグアイと初戦を戦った。ここで敗れたことが後を引き、波に乗り切れなかったと言っても過言ではない。日本フットサル連盟運営部長の山路雄二郎氏も「初戦が非常に大切。これに勝って波に乗りたい」と力を込めた。
日本代表の監督は、ブラジル・フットサル史上における偉大な選手の1人、セルジオ・サッポ氏(46)。ブラジル代表として5度、世界チャンピオンの経験を持つ同氏は、ジーコ監督の推薦で来日した。指導者としても超一流のサッポ監督は全国各地のリーグ戦に足を運び、選手をスカウティング。自分の目にかなった選手を集めた。
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日本には、フットサルのプロ選手はいないため、日本代表のメンバーはアマチュア選手ばかり。フットサル場のスタッフだったり、フットサルスクールのコーチだったり、学校の先生だったり…本業を持ちながら競技に励んでいる。強化合宿も本業に差し支えのない土、日を中心に合宿を組み、限られた時間で成長を遂げてきた。山路運営部長は「今の日本代表は、全員が“日の丸”を背負ってプレーすることにプライドを持っている。初の世界大会で存分に力を発揮してくれるはず」と話す。
世界的にはやはり、サッカーの強豪国がフットサルでも成績上位を収めているが、日本人こそフットサルに向いているとも言われる。小さなフィールドで行うため、大柄な選手よりも小柄で俊敏さが要求されるスポーツであるし、フィールドプレーヤー4人のコンビネーション、相手チームの情報収集と緻密な作戦、勤勉さなどが生かされるからだ。
アジア大会の前には、サッカー日本代表のジーコ監督からビデオレターをもらったことが発奮材料となった。今回は、ジーコ監督から直々の激励があるかもしれない。日本代表の活躍が楽しみになってきた。
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【フットサル日本代表メンバー】
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| 背番号 |
位置 |
氏名 |
生年月日 |
身長 |
体重 |
所属 |
| 1 |
GK |
川原 永光 |
1978年11月24日 |
178 |
85 |
田原FC |
| 12 |
GK |
定永 久男 |
1977年1月17日 |
177 |
68 |
FIRE FOX |
| 14 |
GK |
石渡 良太 |
1976年12月8日 |
185 |
85 |
SHARKS |
| 2 |
FP |
鈴村 拓也 |
1978年9月13日 |
175 |
73 |
MAG'S FUTSAL CLUB |
| 3 |
FP |
前田 喜史 |
1977年4月25日 |
177 |
68 |
CASCAVEL |
| 4 |
FP |
小宮山 友祐 |
1979年12月22日 |
172 |
69 |
FIRE FOX |
| 5 |
FP |
比嘉リカルド |
1973年5月4日 |
175 |
70 |
FC琉球 |
| 6 |
FP |
難波田 治 |
1977年5月22日 |
175 |
70 |
FIRE FOX |
| 7 |
FP |
金山 友紀 |
1977年9月2日 |
163 |
60 |
CASCAVEL |
| 8 |
FP |
藤井 健太 |
1976年8月3日 |
167 |
65 |
MAG'S FUTSAL CLUB |
| 9 |
FP |
小野 大輔 |
1980年1月15日 |
177 |
68 |
FUTURO FUTSAL |
| 10 |
FP |
木暮賢一郎 |
1979年11月11日 |
175 |
65 |
FIRE FOX |
| 11 |
FP |
相根 澄 |
1973年10月4日 |
175 |
68 |
PREDATOR |
| 13 |
FP |
高橋 健介 |
1982年5月8日 |
173 |
66 |
PREDATOR |
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FPはフィールドプレーヤー、身長はセンチ、体重はキロ
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サッカーを表すスペイン語の「futbol」と室内を表すポルトガル語の「sala」から作られた造語。5人制のミニサッカーのようなもので、94年にFIFAが、欧州や南米各国で行われていたルールと競技名称を統一した。
本来は室内で行うスポーツだが、現在、日本では体育館や屋外の人工芝で行われることが多い。20分ハーフでオフサイドなし、選手交代自由、ショルダーチャージやスライディングタックルなど接触プレーを反則とするなどルールが工夫されているため、小学生から中高年、女性でも気軽に参加できるスポーツとして人気が出てきた。技術的には11人制サッカーの練習としても有効という。
日本のフットサル人口は約50万人。日本フットサル連盟に登録しているのは13万人強で小学生も約3500人いるという。日本サッカー協会などの普及活動により、子供のころからサッカーやフットサルに親しんだ人たちが、趣味としてもフットサルを始めたことが競技人口増加の一因だが、山路運営部長は「今後は普及とともに、競技力の向上にも力を入れたい」と国内大会、リーグ戦の増加などを検討している。そして何よりも、今大会で日本が好成績を残すことが、普及と強化につながると期待している。
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世界選手権
1次リーグ組み合わせ |
台湾(開催国)
エジプト(アフリカ)
スペイン(欧州1位)
ウクライナ(欧州3位) |
オーストラリア
(オセアニア)
ブラジル(南米2位)
チェコ(欧州4位)
タイ(アジア3位) |
イタリア(欧州2位)
米国(北中米1位)
日本(アジア2位)
パラグアイ(南米3位) |
イラン(アジア1位)
ポルトガル(欧州5位)
キューバ
(北中米2位)
アルゼンチン(南米1位) |
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