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Road to 日本選手権競輪

リレーコラム  中野浩一&ヤマコウのダービーまで待てない!

【第6回】次世代に刺激を!東西両雄の戦い/山口幸二

ファンだけでなく、同じ選手も魅了する村上義弘の走りが、ダービーで再び旋風を巻き起こす

 いよいよ日本選手権(ダービー)の季節がやってきた。たまにある2月のポカポカ陽気で選手たちはダービーの到来を肌で感じる。それと同時に練習にも気合が入るころだ。

 私が注目する選手は村上義弘。名古屋ダービー、2開催連続優勝(11年、14年)の実績を持つ。当然、今回も優勝争いに加わってくるだろう。

 直前の静岡G3、2日目優秀。単騎の阿竹智史が竹内雄作の後ろに行くのか、村上義弘の後ろに行くのか注目が集まった。阿竹は迷いもせずに村上の後ろを選択。その理由は「村上さんのすごさを感じたい」。

 単純に脚力で考えるなら竹内の方が強い。それでも村上を選択するということは、競輪は脚力だけではないということだ。村上の走りから何かを感じ取りたいのだ。例えば、仕掛けるタイミングを勉強したいなど、いろんな要素がある。

 そして、村上の優秀の走りは結果こそ6着だったが、阿竹を後ろに付けて出し惜しみのない走りだった。レース後の阿竹も「勉強になりました」と興奮冷めやらぬ様子。一方、村上に、阿竹が付いたことを尋ねると、「幸二さんが思っている通りです」と淡々と話してくれた。そんな選手が、若手自力選手の後ろに付く。そのとき、前の選手が意気に感じて当然だろう。

 関東の武田豊樹も同じ存在だ。村上や武田を付けて、いかに自分の走りができるか。若手選手にとって、そこに成長の鍵が隠されている。競輪界も世代交代の波が確実に押し寄せている。次世代の若者を育てる意味でも、2人の奮闘に期待したい。(日刊スポーツ評論家)

【第5回】深谷知広が真価を問われる/中野浩一

伊東G3の表彰式でガッツポーズする深谷知広。続く大宮G3も制するなど充実ぶりは目覚ましい

 今回の名古屋日本選手権(ダービー)で注目する選手にはまず、地元の深谷知広を挙げる。昨年はなかなか調子が上がらず、11年以来、4年連続して出場していたグランプリ(GP)からも漏れた。

 それでも、先日の大宮G3を見る限り、ようやく底を打ったようだ。昨年末の伊東G3も制しているが、遅めのまくりで勝った内容はあまり評価できなかった。しかし、大宮G3では逃げ、逃げ、逃げ、まくりと連日仕掛けていた。深谷復活を思わせたが、今回のダービーで本当に戻ったかどうか分かるだろう。

 大宮G3で深谷に続いて準Vの浅井康太も安定していた。ダービーでも再度、黄金タッグが形成されるのだろうか? 私は勝ち上がり段階では、この2人を分けた方がいいと思う。浅井もラインの前でやっても十分、戦える選手だ。いつも同じ組み合わせを見せられては、お客さんも飽きが来る。

 原田研太朗、竹内雄作もG1を勝っていい力を持っている。2人とも、すでにG1、G2の決勝は経験済みだ。勢いがあるときに取っておかないと、あとで後悔するぞ。

 ニュースターの登場も待たれる。105期の先陣を切って渡辺雄太がG1デビューする。自力ぞろいのヤングGPでも主導権を奪ったほどの果敢なタイプ。先輩たちを相手に存在感を示してほしい。ただ、せっかく大舞台に出ても、使い捨てにされるようなレースをしてもあまり意味がない。また、争覇級とはいかないが、松浦悠士や佐藤龍二のように、車券を買ったファンが最後まで何かしてくれると期待できる選手も貴重な存在だ。

 さて、2月2日から始まる名古屋F1も見てみよう。

 地元中部は柴崎淳、近藤龍徳が初日特選で連係する。大宮G3では近藤が前を回っていたが、脚質を考えても柴崎が前を回った方がラインとして厚みは増す。ヤングGP、サマーナイトフェスティバルで優勝している近藤だが、いまひとつ伸び悩んでいる。中部一の追い込みはオレだという自覚を持ってほしい。(日刊スポーツ評論家)

【第4回】ドラマを見た14年ダービー/山口幸二

ゴールする1着村上義(3)、2着武田(2)、3着深谷(1)(2014年3月24日、名古屋競輪場)

 新年を迎え、名古屋日本選手権(ダービー)まで2カ月余りとなった。前回は11年の名古屋ダービーの思い出を語ったが、今回は引退してからのダービーを振り返りたいと思う。

 いまだに強烈な思い出として脳裏によぎるのが、14年の名古屋ダービーだ。この大会は、主力選手による選手会脱会騒動があり、最大1年の自粛休場の処分が下った後であった。1年と10カ月が過ぎ、今では忘れ去られようとしているが、当時は「村上義弘がこの大会を最後に引退するのではないか」といった臆測がファンの間で話題となり、異様な雰囲気で行われた決勝であった。

 決勝メンバーの特別選手紹介でも、インタビュー途中で各選手に送られる声援が悲痛な叫びのように感じられた。特に村上や武田豊樹、平原康多ら、あっせんが止まる選手たちへの声援は、私も今まで感じたことのない熱気を帯びたものであった。

 そして号砲。8000人近い観衆の中での決勝。周回中の選手への声援は、大げさではなく、グランプリを超えるものだった。レースは逃げる稲垣裕之の番手から村上が優勝。2着に武田、3着には深谷知広が入り、ドラマチックという言葉しか当てはまらない結末となった。

 稲垣の一瞬の死角を突いた平原のホームまくり、大外をまくっていった武田、最後に驚異的なスピードでまくり追い込んだ深谷。おのおのが力を出し切り、見応え十分だった。

 その名古屋で12日から4日制F1が始まる。このバンクで忘れられない思い出を抱えた選手が出走する。金子貴志だ。初タイトルが期待された05年9月のG1オールスター。先行1車という絶好のレース展開をものにできず、悔し涙を流した。

 タイトルをたくさん取った今ではいい思い出だろうが、あのレースには教訓がたくさん詰まっている。名古屋での活躍に期待したい。(日刊スポーツ評論家)

【第3回】栄光と誤算…ダービー悲喜こもごも/中野浩一

81年の千葉・日本選手権を制した中野浩一は花束を手にウイニングラン

 デビューしたときから、目標は日本選手権(ダービー)の優勝だった。ダービートライアルで特選の権利を取って、初出場の77年から特選スタートだった。ゴールデンレーサー賞も勝って順調に決勝まで進んだ。当然、優勝を狙っていたんだけど、最終ホームで阿部良二さんにインをしゃくられ、まくれずの7着に終わった。2回目の78年いわき平では優勝候補に推されてたけど、準決で敗退。最終日に1着を取ったとき、俳優の中村敦夫さんに「やっぱり、腐ってもタイだね」って言われた。これって褒め言葉なのかね?(苦笑)

 初優勝は5回目のダービーになる81年の千葉。直前の9月いわき平オールスター、11月小倉競輪祭と特別を連覇していたし、千葉も勝って当然くらいに思っていた。準決の2着も逃げて残っているから、感触もよかった。決勝はスタートを取った恩田康司が入れてくれた。菅田順和-岩崎誠一さんがたたいて逃げたところをまくってぶっちぎった。25歳で一番強いころだったし、この後もダービーは何回か勝てると思っていた。でも、まさか、この1回で終わるとは。誤算だったね(苦笑)。結局15回出て、決勝進出が10回。勝ったのが1回。大いに不本意だ。

 ダービーにもいろいろな思い出がある。オールドファンなら覚えているだろうが、91年の一宮も印象深い。何たって、数々の連係を決めてきたシゲ(井上茂徳)との亀裂が決定的になったシリーズだから。決勝にオレ、平田崇昭、江嶋康光、小川博美と久留米勢が4人乗った。せっかくだから久留米で並ぼうと。シゲは金田健一郎に回って別線。今までは九州でまとまってきたことが多かったから、シゲにとっては不満だったのだろう。

 今はグランプリが創設されて、最高ランクのレースになったが、ダービーは今でも格式の一番高いG1。生涯、ダービー王の称号がついて回るシリーズだし、参加選手には目の色変えて頑張ってもらいたい。

 ところで、今回の名古屋F1。抜けた選手が不在でみんなにチャンスがあるシリーズだ。小嶋敬二はずいぶん調子が戻ってきた。と言っても、いまさら大きな期待はできないけどね。とにかくレースがワンパターン。うまくツボにはまってくれれば優勝だろう。小嶋の番手は競輪祭でも活躍した林巨人の指定席。地元だけに優勝を渇望しているはず。

 特選は飯野祐太が積極的。そこへ小嶋や海老根恵太、松岡貴久がどう巻き返していくかのレースになりそうだ。ほかには稲毛健太、小原唯志、箱田優樹あたりに注目。上位陣に徹底先行タイプが見当たらないだけに、勝機はあるとみた。

【第2回】村上義弘に感じる強さと優しさ/山口幸二

山口幸二氏(左)は村上義弘に話を聞く(2015年6月17日、岸和田競輪場)

 名古屋競輪場で行われた日本選手権競輪(ダービー)一番の思い出といえば、真っ先に村上義弘が優勝した11年が脳裏に浮かぶ。

 あのレースは、村上の前を市田佳寿浩が回った。しかし、アクシデントに巻き込まれ、残り2周を残して無念の落車。3番手にいた私も驚いたが、番手の村上はもっと驚いたと思う。その証拠に、一瞬、彼の背中に迷いを感じた。市田が転ぶシミュレーションなどないから当然のことだ。しかし、その後がすごかった。迷いを断ち切り前に攻めていった。私も前を走る選手が落車し、目標が突然いなくなったことは経験したことがあるが、一瞬でそこまで攻める判断はできなかった。そこに村上のすごみを感じた。

 番手の私も、一瞬ダービー王の栄冠を夢見たが、村上の鬼のような踏み直しに敗れた。チャンスを生かしきれなかった自分にガッカリして、首が折れるほどうなだれたが、その横で村上は腕がちぎれるかと思うくらいのガッツポーズ。私も村上を祝福しようと腕を取りに行ったが、興奮状態のまま、すぐに振りほどかれた。

 そうかと思うと、急に冷静さを取り戻し、再乗した市田をずっと見守っている。そういう優しさが彼には宿っていると思う。一生懸命取り組んでいる者には手を差し伸べる。ただ厳しいだけでは人は付いてこない。決勝を終わってすぐに感じたのがそのことだった。

 その優しさを感じる選手の1人に、今度の名古屋F1を走る小倉竜二がいる。彼が番手を回る時、前の自力選手は自分の着よりも、オグの着を考えて走る選手が多い。それは、日ごろからの積み重ねの結果だと思う。人間が走る競輪だからこそ感情が大きなウエートを占める。層の薄い中四国地区で、長年マーク選手でやっていくにはそれなりの理由があると思う。

 それは、地元代表の吉田敏洋も同じだ。行くタイミングを逃さなくなってから、存在感はさらに大きくなった。今回、地元Vの可能性は高い。吉田が名古屋G3で初優勝して一丸安貴支部長が泣きじゃくった茶番劇(?)の再現を期待している。

KEIRINグランプリ2度制覇

 ◆山口幸二(やまぐち・こうじ)、1968年(昭43)7月29日、岐阜・大垣市生まれ。大垣西高卒。競輪学校62期を在校6位で卒業し、88年9月にデビュー。98年一宮オールスターでG1初制覇。同年と11年のKEIRINグランプリを制覇。通算成績は2040戦397勝。通算優勝は43回(GP2回、G1・1回、G3・13回)。通算獲得賞金は13億7058万5354円。日刊スポーツ評論家として活躍。

【第1回】思い入れ深い名古屋/中野浩一

中野浩一(右)と談笑する久保千代志(2010年3月31日、花月園競輪場)

 名古屋は思い入れが深い。(久保)千代志さんや(高橋)健二さんにかわいがってもらっていたから、名古屋を走る前後に合宿もさせてもらった。バンクもそうだし、街道も。当時、名古屋の選手が使っていた下り坂の練習コースでタイムトライアルもしていたんだけど、いきなり新記録を出して驚かせたこともあった。黒須(修典)さんの道場のメンバーに加わった。その縁で、長村(達也=引退)や岩田(明久=引退)ら愛知の若手と連係することも多かった。名古屋記念でも目標にしたことがあったはず。

 見たこともない新人に負かされたこともあった。若手選手に駆けさせて、まくり切れなかった。もちろん、油断もあっただろうし、練習と競走との違いはある。でも、こいつは強くなると思ったよ。井戸嘉幸(引退)という選手だったけど、その後、彼はどうなったんだろうね(笑い)。

 名古屋は6回走ったけど、負けたときの方が印象に残っている。だって、勝つことが普通だったから(笑い)。初めて走った77年は(先行した)健二さんの後ろを取ったけど、味方のはずだった大和(孝義)さんにインをしゃくられて7着だったのを覚えている。92年のダービートライアル(642)は直前の和歌山記念決勝で落車失格した影響が残っていたと思う。2日目も車体故障の不運もあって、まさかの勝ち星なし。あわや特選シードを逃すピンチだったけど、次の大宮で優勝して、何とか特選に乗れた。

 引退した後も、結構知り合いが多くて今でも名古屋にはちょくちょく顔を出す。みんな、よくしてくれた思い出の地だ。日本選手権のときにまたお世話になりますね。

自転車世界選手権スプリント種目10連覇

 ◆中野浩一(なかの・こういち)、1955年(昭30)11月14日、福岡県久留米市生まれ。競輪学校35期生として75年5月にデビュー。78年競輪祭でG1初制覇を飾り、80年に日本のプロスポーツ選手として年間初の獲得賞金1億円を突破した。G1優勝11度。85年のKEIRINグランプリ初代王者。77年から86年まで自転車競技の世界選手権スプリント種目で10連覇。92年の高松宮記念杯決勝2着を最後に引退。通算成績は1236戦666勝。通算獲得賞金総額は13億1916万2077円。06年春に競輪選手出身者では初の紫綬褒章受章。日刊スポーツ評論家、スポーツコメンテーターとして活躍。




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