ゴルフが遼クンなら、サッカーは亮クンだ!

 日本代表初招集のFW宮市亮(19=ボルトン)が27日、W杯アジア3次予選最終戦のウズベキスタン戦(29日)に向け英国から帰国し、愛知・豊田スタジアムでスタートした合宿に参加。19歳77日の代表最年少ゴールを宣言した。同世代のプロゴルファー石川遼(20=パナソニック)に負けじと、国を背負って戦う決意を語り、ルックスも抜群。新スター誕生の予感は十分だ。

 初招集とは思えなかった。イケメン宮市は冒頭から周囲を魅了する笑みを浮かべていた。「少し緊張しましたが、いい雰囲気でやらせてもらえました」。練習は基本的に非公開だったが、開始前にピッチに出てGK西川、FW李らと和やかなムードでリフティング。ザッケローニ監督からも優しい視線を送られた。

 練習後には、選手全員が引き揚げたピッチに居残り、FW乾とともに同監督の個別指導を受けた。左ウイングの位置に立ち、タッチライン沿いまで大きく開いて攻撃を展開する戦術に聞き入った。肌寒い中で時間は20分にも及んだ。指示を聞く際は、折り目正しく両手をお尻の上で組んでまっすぐ立ち、ぴしっとした姿勢で耳を傾けた。取材エリアでも、はっきりとした言葉で国を背負って戦う意思を口にした。

 「もちろんゴールもしたいです。ゴールに向かう姿勢だったり、そういった部分をみなさんに見てもらって、楽しんでいただければと思います。絶対勝って国民のみなさんにも、しっかりといい報告ができるように頑張りたいです」。

 出場のタイミングは流動的だがウズベキスタン戦でデビューの可能性が高い。ゴールを決めれば19歳77日で日本代表Aマッチ歴代最年少ゴール。日本サッカー史に名を残すことになる。競技は違うが、15歳8カ月の史上最年少でプロツアーを制した石川と同じように年少記録とともに、国民的スターへのスタートを切ることができるはずだ。

 亮と遼-。まだ無名だった宮市少年は、かつて同じ名前でいち早く日本を代表し世界の舞台で戦うようになった石川に憧れを抱いていた。関係者からは「同じリョウでもだいぶ違うな(笑い)」といじられたこともある。亮という名は、生まれ年の1992年(平4)バルセロナ五輪女子柔道で銀メダルを獲得し、国民的ヒロインになった田村(現姓谷)亮子さんから1文字をもらってつけられた。「田村亮子選手のように、世界で活躍できる選手になってほしい」-。こんな願いが詰まっている。

 舞台も整っている。場所は生まれ育った愛知。会場の豊田スタジアムはU-16(16歳以下)日本代表で出場した08年夏の豊田国際ユースで優勝し、決勝でゴールも決めた。「そうですね。1得点しているので」と、良いイメージを持ったまま試合を迎える。帰国した愛知・中部国際空港では、待ち受けた100人近くのファンの黄色い声援を浴びた。イケメンと折り目正しいコメントは、国民的スターとなる素質十分。初の代表Aマッチ。その登場の瞬間を見逃すわけにはいかない。【八反誠】