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鹿島小笠原、魅せた東北人魂/ナビスコ杯

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ナビスコ杯を制し、優勝カップを高々と掲げ喜ぶ鹿島MF小笠原
ナビスコ杯を制し、優勝カップを高々と掲げ喜ぶ鹿島MF小笠原

<ナビスコ杯:鹿島1-0浦和>◇決勝◇29日◇国立

 東日本大震災被災地の岩手県大船渡市、大船渡高出身の鹿島MF小笠原満男(32)が、被災地に「恩返し」の優勝を届けた。優勝カップを天に突き上げた後「茨城も被災地だし、うちは東北出身の選手も多い。勝って被災地の方々を喜ばせてあげたいと思ってやってきたけど、ここまでふがいない結果に終わっていた。少しは恩返しができたかなと思う」としみじみと語った。

 ACLは敗退が決定し、リーグ戦はV消滅。負けられない一戦だった。小笠原は中盤でチャンスメークした。守備でも必死にボールを追い掛け、浦和のカウンターの芽を摘んだ。90分で交代するまで攻守にチームを鼓舞した。大迫は「焦りもあったけど満男さんや浩二(中田)さんに90分ある、120分ある、と声を掛けられて落ち着けた」。MF柴崎も「満男さんや周りの先輩が常に声を掛け続けてくれたので集中力が切れなかった」と振り返った。

 被災した東北サッカー界復興を掲げ「東北人魂を持つJ選手の会」発起人となった。7、8月にはリーグ戦に被災地の子どもたちを招待。負けた試合のあとは、子どもたちの前で土下座したこともある。「励まそうと思って企画したけど、逆にこっちが励まされて。子どもたちの笑顔を見ると、おれも頑張らないとと思う」と感謝していた。

 支援活動に熱心になるあまり、調子を崩した。5~6月にかけての一時期は負傷以外でメンバー外となった。07年8月にメッシーナから復帰後、初めてサブ組と練習した。1人別メニューをこなす日々も過ごした。だが、主将としてチームを思う前向きな姿勢は変わらなかった。

 小笠原 チーム状態が悪いとき、もっともまずいのは、陰で不平、不満が出ること。サブ組に落ちて、まず伝えたのは、いつかはチャンスがくるから腐らずやろう、と言うこと。サブに落ちたからこそ、説得力があった。

 レギュラー復帰後は中盤で存在感を見せつけ、7月以降の躍進につなげた。「Jリーグでももっと上の順位にいきたいし、天皇杯もある。これからです」。スパイクには「東北人魂」の刺しゅう。小笠原の被災地への恩返しは、まだまだ終わらない。【塩谷正人】

 [2011年10月30日9時4分 紙面から]









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