<陸上:第48回織田幹雄記念国際陸上競技大会>◇29日◇広島市・エディオンスタジアム広島◇男子100メートルほか

 張りがあっても速い。桐生祥秀(18=東洋大)が、追い風2メートルの予選で自身2番目の記録となる10秒10を出した。70メートル付近で右太もも裏に違和感を感じたが、高瀬慧(25=富士通)の優勝タイム(10秒13)を上回った。ちょうど1年前に日本歴代2位の10秒01を出した思い出の大会で速さを披露。決勝は大事をとり棄権したが「セイコー・ゴールデングランプリ」(5月11日、国立)は出場予定だ。

 冷静に自分を分析していた。9秒台の期待が高まった決勝を右太もも裏の張りで棄権。桐生は「シーズンを棒に振るのは怖い。トップスピードで走ると危ないと思った」。走りたい欲求を封じ込めて、自重した。

 1万5000人が詰めかけた会場に快挙の予感がぷんぷん漂っていた。予選はスタートで出遅れたが、30~60メートルの中間疾走で前を走る江里口を抜き去る。「(靴)底は結構、地面をつかめたと思う」。70メートル付近で張りを感じ、最後は流した。「予選はスタートで遅れても追いつけるだろうという感覚がマイナスに働いた。まだ流れが良くなかった」。中間疾走以外は満足な走りでなかったが、タイムは10秒10。10秒17のセカンドベストを更新して、この日の最速タイムをマーク。東洋大進学に際して「アベレージのタイムを上げたい。10秒1台をコンスタントに出せるように」という言葉をあっさり実現した。

 桐生は、彦根南中学3年の時、全国中学体育大会で100メートルに出ていない。直前の400メートルリレー準決勝で左太ももを肉離れ。それでも同決勝にアンカーで強行出場。「出た瞬間にピリッと来た。ボロボロで8着で終わりました」。残り50メートルは足を引きずった。誰が見てもわかる明らかな故障だったが、ゴールまで止まらなかった。「中学最後の大会だったし、みんなでリレーの賞状だけはもらおうと思って」。そのために残る100メートルを欠場した。京都・洛南高時代も2年生まではけがに泣いた。苦い経験を繰り返し、スプリンターとして成長してきた。

 土江コーチが「彼は非常にセンシティブ」と表現する感覚も桐生の武器だ。「コーナーでミスをして、バランスが崩れた」と首をひねった200メートルのレースで、周りが映像を確認してもミスがどこかわからない。そんなことがしばしばある。この日は目先のレースよりも、肉体の声に従った。

 筋肉の張りだけに楽観はできないが「セイコー・ゴールデングランプリ」は出場する方針。決勝は棄権したが、日本人初の9秒台を狙う「ジェット桐生」は底が知れない。【益田一弘】

 ◆昨年の織田記念国際(4月29日、広島)

 桐生はシニア大会に初めて出場。追い風0・9メートルの予選はスタートから飛び出して、いきなり10秒01をマークした。自己ベストを0秒18も更新して、伊東浩司の日本記録に0秒01差に迫った。決勝では追い風2・7メートルの参考記録ながら10秒03を記録。猛追した2位山県を0秒01差で抑えて、優勝した。