羽生は、自分の良い滑りを思い描いていたに違いない。過去2年、シーズン中盤に位置するNHK杯で上昇のきっかけをつかんでいた。15年はショートプログラム(SP)、フリー、合計すべてで世界最高点をマーク。16年には苦戦していたSPで初めて100点を超え、フリーでもミスはあったものの「ホッとした」と、全体をまとめる演技を見せた。今季は前戦のロシア杯で初めて4回転ルッツに成功。新たな武器をひっさげ、この大会でさらに弾みをつけるはずだった。

 男子SPを翌日に控えた17年11月9日、羽生は午前の練習を休み、午後3時50分から40分間の練習を開始した。事故が起きたのは午後4時過ぎ。4回転ルッツを跳んだ瞬間に体の軸がぶれ、そのまま右足を内側に折り込むように着氷。痛そうに顔をゆがめた。その後、予定通りフリー「SEIMEI」の曲をかけ練習したがジャンプは跳ばない。右足に異変が起こっているのは明らかだった。練習を終えるとすぐにホテルへ。一晩、患部を冷やし回復を待ったが、翌朝、右足首は腫れていた。右足首靱帯(じんたい)損傷により、涙を流して欠場を決めた。

 こうなることを予感していたのだろうか。シーズン前の17年8月。カナダ・トロントで練習を公開した際、慎重な発言をしていた。「平昌(ピョンチャン)は取りあえず健康でケガなく。とにかく自分が実力を精いっぱい出せるような状況で、代表に選ばれること。その上で、代表に選ばれたらしっかり金メダルを狙ってやっていきたいと思います」。4回転ルッツを含む限界の挑戦をすると決めていたからこそ、健康でいる大切さを強調していた。

 回復は遅れ、氷上練習を再開したのは1月初め。五輪(オリンピック)本番に間に合うのか、現時点では不明だ。今季はまだ2大会しか滑っていないが、SPもフリーも2季前に世界最高の評価をされたプログラム。状態が戻れば、金メダルも夢ではない。「劇的に勝ちたい」という羽生の言葉通り、大きな試練を乗り越えた先に連覇が待っている。【高場泉穂】