女子58キロ級の伊調馨(31=ALSOK)は失点0の「完全優勝」にも「納得いくレスリングができなかった」と渋い表情だった。

 自己採点は「25点」。試合を振り返って「意識したタックルができなかった。点をとったのが無意識で出たタックルだったのが悔しい」と笑顔も見せず言った。

 世界選手権は3年連続10回目、五輪を合わせれば13回も世界大会で優勝している。吉田沙保里の16連覇に数では負けるが、出た大会は全勝と強さは少しも負けていない。「連覇とか何日目とか言われると、そんなにやっているんだ、と悲しくなる」と、記録には無関心。吉田は自ら「前人未到の記録を作りたい」と来年のリオデジャネイロでの五輪4連覇を目指して話したが、伊調は「あまり意識していない」と、笑顔1つ見せずに言った。

 勝ち負けよりも内容にこだわり、理想のレスリングを目指して練習を続ける。五輪出場、金メダル獲得、誰もが憧れる夢は「もう果たしているので」とそっけない。例え五輪で金メダルを獲得しても、日本人初の4連覇を達成しても、自分がやりたいレスリングができなければ「楽しくないですね」と話す。理想の打撃を追求し、納得がいかない当たりの本塁打には笑顔も見せなかったプロ野球広島の天才打者、前田智則のような「求道者」。その意識の高さが、偉大な記録につながっている。

 吉田や48キロ級優勝の登坂絵莉らが練習する至学館大の卒業。08年北京五輪後は拠点を東京に移し、警視庁などで男子とともに練習している。ビデオで見るのは世界トップレベルの男子の試合。自分にできない技を見つけると、その習得に全力を尽くす。大会には「今回はこの技を試す」と決めて臨み、できなければ勝っても「納得いかない」と首を横に振る。女子レスリングの枠を超え、目指すのは男子のレスリング。だからこそ、女子の中で圧倒的な強さを保っているのだ。

 リオ五輪出場が決まったことは、素直に「うれしいです」と言った。しかし、それは最高の舞台で最高の相手と戦うことができるから。「いろいろな選手と戦って、もっとレスリングの幅を広げたい」。どこまでも貪欲に追求する伊調は、五輪についても「常にゴールであり、始まり」と話していた。