<大相撲初場所>◇13日目◇23日◇両国国技館

 大鵬が持つ32度の優勝記録を抜いた横綱白鵬(29=宮城野)はこれから前人未到の道を歩む。大横綱は今後、どこへ向かうのか。どこへ向かうべきなのか。大鵬夫人の納谷芳子さん(67)は相撲界発展のために、白鵬が厳しい土俵態度で後輩力士を引っ張ることを望み、北の湖理事長(元横綱)は満足せずに「優勝40回」を目指せ、と期待した。

 大鵬夫人の芳子さんは東京・江東区の自宅で、白鵬の優勝の場面を見届けた。32度の優勝回数に並んだときから遅かれ早かれと、覚悟していた瞬間。「おめでとうございます。大鵬も、生前『記録は抜いていいんだ』と言っていました。きっと空から『おめでとう』と言っていると思います。これからあと何回、勝つのでしょうね」と祝福した。

 ここから白鵬は、未知の世界へ「1人旅」に入る。その旅は大鵬さんも経験してきた。最多だった双葉山の優勝12回を抜いたのが64年春。7年間で20度、賜杯を抱いた。その道をこう評していた。「最初は、いくらでも頑張れる気持ちで優勝を重ねていったんだ」。

 だが、人知れずけがを重ねた。「左半身は足先から首まで全部けがでした。肘は軟骨が2つ折れて曲がらない。顔を洗うとき、手に近づけていました」と芳子さん。医者には、手術をすれば引退だと宣告された。そのとき「もっともっと稽古して、左を使わなくても勝てるように鍛えればいい。やるだけやる」と言った。1人旅への覚悟だった。

 その大鵬さんも現役生活の終盤、相撲界全体のことを考えていた。「なんとか強い力士をつくっていかなきゃダメだ。相撲は、自分だけじゃない。自分が強いからいい、というのではないんだ。今日、引退するかもしれない。そのときに強い力士がいないと『つまらない』と思われてしまう」。危機感を抱いたという。

 だからこそ芳子さんは、白鵬に望んだ。「もっともっと周りの力士を鍛えて、強い力士を育ててください。その強い相手と戦って、優勝記録を伸ばしていってほしい。それが大鵬の願いだと思います」。北の湖理事長は「これだけで終わる横綱じゃない。40回という目標に向かってほしい。不可能な数字じゃない」と言った。優勝40回へ。その道程、どんな強い相手を引っ張り上げて、倒すのか。相撲界の発展を、白鵬は託されている。【今村健人】