あらためて映像を見返すと、捕手のタッチが空振りになるほど、余裕を持ってヘッドスライディングを決めていた。一方で、少しでも判断が遅れていたら、ベースランニングにロスが出ていたら。ドラマは生まれていたか-。

阪神が延長11回の末、劇勝した11日のオリックス戦(京セラドーム大阪)。2-2の11回1死一塁、佐藤輝の代走で出場した熊谷敬宥内野手(26)が見せた“神走塁”のことだ。

打者ロハスへの3球目、盗塁を仕掛け二塁へ滑り込むと、ヘルメットに捕手伏見の送球が直撃。センター方向へ転がる間に、三塁も回ってホームへ突入し決勝点をもぎ取った。

「藤本コーチが必死に腕を回していたので、僕はホームに突っ込むだけだなと思いながら走りました」。お立ち台での言葉が印象的だった。

ちょうど1週間後の18日、熊谷が名前を挙げた藤本敦士内野守備走塁コーチ(44)に話を聞いた。ボールが頭に当たるというイレギュラーな状況を、三塁ベースコーチとして、どう判断したのか。

「普通にランナーセカンドで、打者がセンターにヒットを打ちました、っていうイメージを持ちながら。で、タカヒロの足やったら十分いけると」

左打席に入ったロハス対策で、中堅の福田は右中間寄りに守っていた。ボールが跳ねたのは、その反対側。これを中前打と仮定すれば、当然のGOサインだったというわけだ。

迷いなく腕を回す藤本コーチが、三塁コーチスボックスを数歩飛び出していたことも気になった。

「あそこに立っていたら、誰もがそれより内に回らなあかんというのはある」

勢いよくコーナーを曲がる熊谷に、無駄な膨らみを与えないように。スムーズな走塁をアシストする意味合いが強いということだが、理由はまだあった。

「僕自身もあそこに立つことで視野が広がる。センターを見ながら、ランナーもぼやけながら見られる。いろんなところをぼやけながら見られるようにっていう位置」

福田のチャージの具合。中継に入る内野手の位置。視覚情報が入れば入るほど、判断材料は増える。交流戦佳境の勝負どころでも、絶妙なポジショニングで冷静さを保っていた。

そして何より、送球が頭に直撃しても、熊谷には隙がなかった。

「俺が判断するねんけど、あいつが俺を回させたと思っている。それぐらいの勢いで来てくれたし、その意識がなかったら、こっちも止めてしまう。それはタカヒロの意識の高さをほめてあげたい」

言葉の節々に、走力だけじゃない、代走熊谷の魅力が込められる。藤本コーチも揺さぶられるほどの勢いが、チームにも勢いを与えたことは言うまでもない。3位に浮上した今、虎をさらに加速させる足にも注目し続けたい。【阪神担当=中野椋】

オリックス対阪神 11回表阪神1死一塁、盗塁を決め、相手守備が乱れる間に本塁生還する熊谷(撮影・和賀正仁)
オリックス対阪神 11回表阪神1死一塁、盗塁を決め、相手守備が乱れる間に本塁生還する熊谷(撮影・和賀正仁)