胸が熱くなった。予期していなかった。兵庫・西宮今津は7月24日の宝塚東戦に快勝した。清水次郎部長(48)は整列で林秀樹監督(53)が「この子ら、まだ1回も校歌を歌ってない。とりあえず1つ勝たせてやれて良かった」と話すのを聞いた。試合中、大勝ムードに浮かれないよう選手を戒めていた清水は指揮官の“親心”に揺さぶられた。

7月24日、宝塚東戦であいさつに立つ西宮今津・林秀樹監督(左)と清水次郎部長
7月24日、宝塚東戦であいさつに立つ西宮今津・林秀樹監督(左)と清水次郎部長

朝日放送での野球実況の看板アナウンサーから高校教師に転身して4年目。昨秋から部長になり、この試合が夏の大会で初のベンチ入りだ。攻守とも立って見守る。時折、メモを書く。選手への助言も任される。2回裏、一塁手の中津陽主将(3年)に話しかけた。「しっかり大きく構えて呼んでやれ。『全部捕ってやるから思い切って放ってこい』って」。送球に不安な内野手がいた。この試合も兆しがあった。だが、清水はその選手に指摘せず、捕球する一塁手に伝えた。

「失敗した子に言えば、かえって追い詰める。試合中にプレッシャーをかけるよりも、ファーストにね」

球児に寄り添うまなざしがある。昨年11月、日本高野連が若手指導者育成のために行う甲子園塾に参加。ハッとする言葉に出合った。「指導者は情熱はあります。でも、愛情はありますか」。塾長で星稜名誉監督の山下智茂の問いだ。日々、地理歴史科の教員として、多感な高校生と接する清水は「やりがい」を持つ。

「野球なら、技術よりも生徒の取り組みがかなった瞬間です。コイツ、変わろうとしているなと。昨日の今日の結果よりも1年後、変わってきたというのに触れた瞬間がうれしいです」

アナウンサー時代が教師を志す原点だ。グラウンドで見た光景がある。「10代の子どもに60、70代が本気なんです」。指導者が選手を真剣に叱り、向き合っていた。あるとき、夏の甲子園の放送解説に来た迫田穆成(よしあき)との食事の席で忘れられない言葉に出合った。もう70歳を過ぎていた。「私はもう一花、咲かせようと思っています。AKB48の顔と名前、全員、言えます。だって、勝ちたいですから。勝とうと思ったら覚えられます」。広島商で優勝し、如水館を甲子園常連校に育てた名将の本気に触れた。指導者と高校生の関係に心ひかれた。

清水は言う。「高校生には自分はこれで輝いて、この先の人生を生きていくというものを見つけてほしい。その後押しをしたいですね」。高校球児と変わらない、日焼けした顔だった。(敬称略)【酒井俊作】