9番打者の奮闘が今秋ドラフト上位候補のエース投手を倒した。だから、野球にはロマンがある。そんな一幕に触れたのは夏の甲子園大会2回戦、8月22日の明徳義塾(高知)-ノースアジア大明桜(秋田)だ。明徳義塾は序盤から、最速157キロ右腕の風間球打投手(3年)に無安打に抑えられていた。だが馬淵史郎監督(65)に焦りはない。ナインにも伝えた。

「風間君に1球でも多くボールを投げさせろ。終盤まで競っていたら、ウチのペースだよ」

勝負の流れが変わったのは1点を追う3回1死走者なしだ。9番の岩城龍ノ介内野手(3年)が打席に入る。2球で追い込まれた。その後だ。4球目の変化球をファウル。6球目ファウル。7球目ファウル。いずれも渾身(こんしん)の150キロだった。9球目の149キロをファウル。10球目は詰まったゴロが遊撃へ。ヘッドスライディングでチーム初安打をつかんだ。

これが起点になって、同点に追いついた。快勝後、馬淵監督は自ら「やっぱり岩城ですね」と切り出した。あの打席、1人で風間に10球を投げさせた。「ヒット以上の活躍だった。あれが後々(風間に)響きました」と指揮官。岩城は中飛に倒れた5回も7球、粘った。174センチと大きくない左打ちの巧打者がボディーブローを繰り出し、今大会NO・1投手を追い詰めていった。6回139球で降板させた。その直後から猛攻で大勝。大砲がいなくても勝ち上がる、明徳野球の真骨頂だった。

岩城にとって、甲子園初安打だった。「棚からぼた餅と言うが、餅が落ちた時に一番、棚に近いヤツが拾える」。ずっと胸に刻んできた馬淵監督の言葉だ。「自分は(主将の)米崎や代木と違って最初から試合に出られませんでした。チャンスが回ってきた時にモノにできるか」。定位置は一塁。2年生左腕の吉村優聖歩投手が救援する場合はエース代木大和投手(3年)が一塁に回るため、交代してきた。

だからこそ、語気を強める。「いつまで出られるか分からない」。この日も試合中盤でベンチへ。限られた機会で最善を尽くし、貢献した。

試合後のオンライン取材は報道陣の投票で決まる。ヒーローは決勝打の森松幸亮外野手(3年)が指名され、岩城は姿を現さなかった。後日「センバツで結果を残せず悔しかった。泥臭くいこうと決めていた。あの大きな舞台で自分の持ち味を出せた」と話した。9番打者の躍動に、夏の甲子園8強と躍進した名門の強さを見た。【酒井俊作】