安藤が引退した。続いて狩野が去った。両選手の退団、なぜか気持ちが揺れ動く。球団職員と選手。立場こそ違え私がフロントマン時代、チームと同行してペナントレースを一緒に戦ってきた仲間。という意識があるからだ。その中であとに残るは藤川球児、1人のみとなってしまっただけに、より以上の寂しさを感じてならない。寄る年波には勝てないのはわかっている。いつかはユニホームを脱ぐ日がくるのもわかっているが、今年1年鳴尾浜球場(ファーム)で見てきた安藤優也投手(39)。複雑な心境だったに違いない。

 昨年まで4年連続して50試合以上の登板をしてきた。自分の気持ちの中では「今年も」の意気込みでスタートした。キャンプでの2軍スタートは、調整でのマイペースを優先したいベテランにはよくあるケース。何のこだわりもなかったはずだが、オープン戦、そして公式戦に突入しても1軍からのお呼びがない。立派な実績の持ち主。1カ月、2カ月と経過。そろそろ精神面のいら立ちが出てきてもおかしくない状況だが、ウエスタンであろうとも手を抜かない。1軍マウンドへの執念か。一度、取材した際、当然「1軍マウンド」が本人の目標だった。しかし、待てど暮らせど声はかからなかった。

 複雑な心境だっただろう。安藤の状況を見ていると、昨年の福原(現育成コーチ)とダブって見えた。同コーチがそうだったように、安藤もこのままユニホームを脱いでしまうのだろうか。どうしても気になってしまう。

 世代交代の波か。桑原が1本立ちした。2年目の外国人・マテオとドリスに安定感が出てきた。さらに、左の高橋、岩崎らで勝利の方程式が確立された。リリーフ陣の充実。チームの方針とあっては仕方のないところだが、自分の生活がかかっている本人にとっては大変なことだ。現に安藤は8月までウエスタンの防御率は1点台で頑張っていた。数字が1軍のマウンドへかける思いを物語る。

 39歳。炎天下。連日35度を超す猛暑日。厳しい条件の中でも黙々と野球に取り組む姿。確かにチーム作りには世代交代は必要不可欠。方針を途中で変更することはできないのはよくわかるが、優勝に貢献した功労者。例えば負け試合に限った登板とか、出場数を決めておいての1軍昇格等々、安藤に1軍のマウンドで投げる機会を、と個人的には思ってしまう。ただ、勝負事に情けは禁物。1軍の1試合、1試合の勝ち負けはペナントレースを大きく左右する。厳しい世界がゆえに出せない答えなのかもしれない。

 安藤は「100%満足のいく引退なんてまずあり得ませんから」ですべてを片付けたが会見中に流した涙を「なんの涙なのかよくわかりません。ホッとしたからなのか、悔しいからなのか、まだまだやれるという涙なのか」と表現した。いろいろな受け止め方はできるが、安藤とは-。何度もバッテリーを組み、ともに優勝の喜びを分かち合ってきた矢野作戦兼バッテリーコーチが「いい意味で波のない選手。性格も含めてね。昨年なんかでもビハインドのゲームに、文句ひとつ言わず投げてくれた。若手のいい手本になってくれた」と評価した器の大きい選手。チームの捨て石になる覚悟をしていたのだろう。

 「過去を振り返ればいい思い出があれば、悔しい思い出もありますが、強いて言うなら今年2017年ファームにいた1年間は、僕にとって貴重な1年間だったと思います。若手と一緒に野球をやってきて、自分の野球に対する考え方など、改めて感じたというか、いろいろ考えさせられた1年だったので、戦力にはなれませんでしたけど、今季ファームで過ごした1年間っていうのは、僕にとって思い出深い1年でした」

 前を見据えての発言と見た。過去にとらわれることなくここでも度量の大きさがうかがえた。2度のリーグ優勝に貢献した。3年連続して開幕投手を努めた実力者。そして近年では4年連続で50試合以上の登板をこなした。チームを支えた功労者の1人。野球に取り組む姿勢は福永、才木ら若手に「ひとつ、ひとつの動きに無駄がない。ものすごく勉強になった」と人望は厚い。

 安藤には、何とか、指導者としてタイガースのユニホームをまとってほしい。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)

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