今年のドラフト会議で阪神は実に特徴的な指名を行った。新監督の岡田がまたクジ引きに負けたこと? あれは仕方ない。巨人の監督、原に先に引かれていたわけで、残り福はなかっただけのことだ。それよりも指名した選手のポジションを改めて見てみた。

投手、内野手、外野手…。そこにひとつ、見当たらないポジションがあった。それが捕手である。重要なポジションだ。これまで必ず1人は高校生であっても大学生であっても、捕手枠はあったはずが、今年はなかった。そこに岡田の考え方、来季構想が表現されていると思った。

2023年シーズン、捕手に関しては、現有の戦力でいく! これが捕手の指名ゼロだった意味。さらに新監督は早々と起用法に言及した。それが捕手の併用はなし。正捕手を決め、その捕手で長いシーズンを乗り切る。選んだ捕手には最低でも120試合から130試合は先発起用する。この岡田構想は2004年、第1次政権から変化していなかった。

前監督の矢野は実に不思議な捕手起用を続けた。例えば1カード3試合、毎試合で先発捕手を替えた。梅野、坂本、長坂…。ロマン派の矢野は、すべてにチャンスを与えようとした。それぞれの特徴を生かす。聞きようによっては、選手ファーストの使い方だが、あまりに重みを感じさせない軽い扱いだった…と、僕はずっと思っていた。

現役時代の矢野は2003年、2005年のリーグ優勝時、胸を張って正捕手として出場し続けた。身をもって、捕手の重要性を知る当事者だったはず。当時、僕は起用を続けた岡田に問うたことがある。「矢野を使い続ける根拠、理由は何?」。すると岡田は即答した。

「安心できるからよ。ベンチで心配しなくていいから。大胆なリードはめったにしないけど、常に安全運転してくれる。この安心感よ」と言い、こうも付け加えた。「矢野にも迷いが生じる時がある。その時、まあエエか、とサインを出すなんてことがない。その時はベンチを見て、指示を待っていた。この慎重さが捕手には大事なんや。矢野はそれができるキャッチャーよ」。

守っていた矢野もわかっていたはず。このポジションを死守する。重要なことがわかっていたから、自分が守り切ろうと決めた。現役晩年、捕手の補強に走った球団は城島を獲得。必然、矢野の出場機会は激減した。あれだけ使命感を持っていた矢野は本当に落ち込んだ。当時のコラムで「矢野よ、へこたれてどうする! いまこそ奮い立て!」と書いた。それを読んだ矢野から直接「ありがとうございました。気持ちがまた高まりました」と言葉を掛けられた。

それほど捕手の重みを知る矢野が、指揮を執る側に立ち、正反対のコマ使いに走った。不思議だったし、今も何故? との疑問が残ったままである。

さて新体制になり、岡田は先にも書いたが、正捕手制を打ち出した。かつて矢野に求めたことを、今回は「この捕手」に。それが梅野である。評論家としてネット裏からタイガースのゲームを追ってきた。梅野の評価を聞いた時、まず捕手としてのフットワークをほめていた。ワンバウンドの処理、足、膝の動き、さらにミットさばき。これらを高く買っていたし、リードに関しては、これからの経験で、さらに緻密になると感じていた。

みんなが幸せになればいい…なんて考えは、戦う上で岡田にはサラサラない。だから捕手の3人併用なんて、頭の片隅にもない。これからは「第2の矢野」として、梅野に賭ける腹を固めている。だからドラフトで捕手を補強しなかったし、故障やケガがない限り、シーズンの大部分、いや143試合、すべてで先発起用するくらいの方針を自分で決めている。僕はそこまで考えていると思っている。

相変わらずの表現があった。「キャッチャーは打たなくてもいいんよ。8番キャッチャーに打つことを期待してないし…」。これが岡田の持論である。その考えは岡田を取材して40数年、まったく変わっていない。打たなくていい。逆説的には、しっかり守ってこそ正捕手ということ。そこに打撃がついてくれば、もうけもの。とにかく守りこそが、捕手の務めという考え方は一貫している。

打撃が加われば、それこそチームに活力を与える。かつての木戸がそうだった。意外性の木戸はバットでも貢献し、矢野は8番ではなく6番、7番でポイントゲッターになった。そうなればチームは勝つ。優勝の原動力になる。

それを梅野に期待する。とにかく守りに集中しろ。投手陣を引っ張るのはお前だ。キャッチャーの補強をあえてやめたのは、岡田が梅野に送ったメッセージ。僕はそういう捉え方をしている。2023年シーズンのキーパーソンは佐藤輝、大山…、いやいや、守りの野球を掲げる来シーズン、ポイントは梅野! これは間違いない。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)