古くは白坂、吉田の時代から続く阪神の遊撃手ストーリー。ショートのポジションには必ず「名手」が存在した。

吉田義男のあと、藤田平が引き継ぎ、そこから真弓明信、平田勝男、和田豊、久慈照嘉…。ここでしばらく空白ができる。そこに現れたのが鳥谷敬だった。阪神の遊撃の系譜がかろうじてつながれた。

それを後押ししたのは、みなさんご存じの岡田の判断だった。2004年、その時、ショートには藤本敦士が座っていたが、この安定株をコンバートし、岡田は鳥谷を1年目から遊撃で起用した。

「早稲田の後輩やから仕方ないか」「好き嫌い人事。露骨な采配」とまあ、さまざまな批判が出た。それでも岡田は動じない。言いたければ、言えばいい。そんな風情で聞き流した。それほど鳥谷ショートに賭けていた。

「あの時、これで向こう10年、阪神はショートに困らない、とは言ったよ。ただ打てなかった時の反響で、本人が参らないか。それが心配やった」。後年、岡田は振り返っている。ただ守りに関しては絶対の自信があった。「ケガしない強い体やし、すべてに安定している。特に送球よ。早稲田の4年間でアイツ、一塁への送球ミスは一度もなかった。そういう裏付けがあったから、オレは使い続けた」。

鳥谷の退団後、系譜を守ったのが中野だった。1年目からレギュラーを奪い、2年目の昨年も順調に成長した。もし矢野が続投とか、岡田以外が後任監督になっていたら、中野のコンバートは絶対になかった。そこまで危険を冒す必要はない。普通、そう考えるだろうし、安全策を取る。

それなのに岡田はいきなり「勝負に出た」。大山の一塁、佐藤輝の三塁固定より、中野の二塁コンバートの方が衝撃だった。2004年より、インパクトのあるものになった。あの時は藤本という計算できる選手がいて二塁に回るのはまったく抵抗感なし。鳥谷という将来を背負う大器との二遊間は、イメージ通りに進んだ。

だが今回は違う。中野の肩を考慮して二塁にコンバートを決めたのはいいが、後釜にこの時点で決定打はなかった。鳥谷のような選手はいなくて、見切り発車的なコンバートを断行したのだ。

下手をすれば、構想が崩れ落ちる危険すらある。ショートの系譜が再び、途切れるかもしれない。それでも岡田は勝負に出た。ショートのポジションを誰が奪うか? これこそがキャンプ、オープン戦の最大の焦点になるし、岡田の命運を握る争い。僕はそう捉えている。

候補はたくさんいる。2月1日、沖縄・宜野座キャンプの初日、ショート争奪戦のゴングが鳴る。今年から1、2軍のキャンプが沖縄で行われるため、岡田は積極的に2軍の選手を試すつもりだし、数多く見て最終的なジャッジを下すことになるが、世間では2人の争い…とささやかれている。小幡か木浪。鳥谷の1年目ほどの決め手を欠くけど、岡田はあえてコンバート策を選択したのだ。阪神の将来をにらみ、もちろん2023年シーズンの最良形を模索しながら決めにかかる。

ネット裏からタイガースを追っていた時、ショートのポジションについて口にしたことがある。中野がいきなりルーキーで定位置を奪ったことに触れ、「新人に簡単にレギュラーを取られるって、それまでの選手は何をしてたんやろな」。やり玉にあがったのは北條や木浪だった。そんな発言を踏まえて考えれば、本命小幡という答えに行き着いた。

ただ岡田はここにきて、柔軟に考えを広げていることに気づく。例えば評価が低かった木浪に関して「あれほど肩がいいとは…」と秋季キャンプでイメージを変えている。木浪が対抗候補の理由はここにあるが、ここまで名前が挙がってきていない糸原、北條、渡辺、さらに2軍の若手に対する見方に変化が生まれるかもしれない。

今回の遊撃手争いは、タイガースの長期展望としても重要なものになる。鳥谷ではないが、向こう〇年、ショートは困らない…となる新たな節目。岡田が数年後、監督を退いたあとも、ショートは安泰となるかどうかの分岐点。岡田の勝負手の成否は? 沖縄キャンプの熱いポイントはここだ。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)