茨城の県立伝統校対決は、日立一が水戸一を下し3回戦進出を決めた。今夏の地方大会では3回戦で水戸一が日立一に4-3で競り勝ち、秋は日立一が雪辱を果たした。

試合は日立一が初回3点を先制し、終盤に追加点を奪って突き放したが、存在感を示したのは水戸一の先発・秋田啓人投手(2年)が見せた出色とも言える軟投だった。

初回から秋田の投じたボールに、J:COMスタジアム土浦のスピード表示が反応しない。試合後の秋田は、敗戦直後も冷静な口調でわかりやすく説明した。「他の球場でも投げたことがありますが、そこの球場は90キロ台から表示されると言われていましたので、それを目安に考えると、僕のストレートは80キロ後半だと思います。今日は同じストレートでも少し強弱をつけるように投げました」。

秋田が言うには、80キロ後半のストレートと、さらに力を抜いた「5割くらいの力で投げます」という70キロ台後半のストレートがあるという。確かに、対戦した日立一の石原瞬輔捕手(2年)は「同じストレートでも速いのと、ちょっと遅いのがあって、そこでタイミングを合わせるのが難しかったです」と、感想をもらしている。

120キロ台ならば打者としては打ちやすいと言えるが、90キロ未満となるとなかなか対戦する機会がない。それだけに秋田の“超”遅球は日立一打線には効果的だった。

そして秋田にはカーブもある。これが、さらに遅くて60キロ台後半。つまり、80キロ後半、70キロ後半、60キロ後半の3種類の遅球で日立一打線に挑んだ。初回はいきなり連打で無死一、三塁のピンチを背負い、犠飛と適時打で3点を失ったが、その後は2回から6回まで5イニングで散発2安打。15アウトのうち8つのフライアウトを奪い、打ち気にはやる打者のミスショットを誘発していた。

この日のアップ中に先発を木村優介監督(37)から言われた。「今日が公式戦初登板でした」と、試合後の秋田はさらりと言った。そしてすぐに「でも、勝てませんでした。初登板を、勝てなかった言い訳にはしません」と、穏やかな口調で付け加えた。

8回を10安打1三振3四死球での6失点。117球の熱投が公式戦デビューの秋田の記録となった。2回から無失点を続けた点を聞くと「間の取り方を変えたり、クイック気味に投げたり、バッターのタイミングが外れるようにやれることはしてみました」と言った。“超”遅球に工夫を加え、初回3失点から立ち直っていた。

「僕のボールを見れば、打者なら打てると感じると思いますし、本能的に引っ張りたいと感じるバッターもいると思います。そうなると、ひきつけて打とうとしている打者に、ほんのわずかですが球速差があるストレートや、カーブが多少は効果があったのかもしれません」。投げながら考え、そして試合後すぐに強化ポイントを探る。自問自答ははじまっている。

秋の敗退が決まり、この後は来夏へ向けた練習が始まる。秋田は「この冬はやることは盛りだくさんの、欲張りな冬になればいいなと思っています。できれば、ナックルを自分のものにできれば、もっとバッターを惑わすことができるかもしれません。タイミングを外す工夫や、打者を観察する力も養わないといけません。やることはたくさんあります」と言った。

そして少しだけ、うれしそうな口調で言った。「僕がやっていることは、今の野球界が目指しているものに逆行しているんです。みんな、スピードを求めている。160キロやさらにその上を。でも、僕は違います。僕のボールは遅いです。そのボールで勝ったら痛快じゃないですか。簡単なことではないと分かってます。だから、工夫も、努力もしないといけない。でも、やりがいはあります」。

「これなら打てそうだ」。やや失礼な表現になるが、球場で秋田のボールを見たら、多くのファンもそう感じるだろう。その第一印象から、秋田の戦いは始まる。一歩間違えば炎上する可能性をはらんだ“超”遅球の進化形をひっさげ、秋田が来春のマウンドに戻ってくるか、注目したい。【井上真】

粘りの投球を見せた水戸一・秋田(撮影・井上真)
粘りの投球を見せた水戸一・秋田(撮影・井上真)