東京6大学・早大野球部の創部121年の歴史で初めて、女子マネジャーがベンチに入った。
1日に行われた春季フレッシュトーナメントの立大戦で、藤田南マネジャー(2年=開智)がベンチ入りしていた。プレーを見てスコアをつけ、ともに戦った。
試合は4-5で敗れたが「こんなに近くでプレーを見たことがなかったので、とても楽しかったし、うれしかったです」と振り返った。
5月30日の明大戦で、アナウンスを担当。翌日にベンチ入りデビューを果たした。
“初”とつくものを成し遂げるのは難しい。それは本人だけでなく、周囲にとっても難しいこと。
女性マネジャーのベンチ入り可否について、学生から聞かれた小宮山悟監督(56)は「一喝した」と明かした。
何を一喝したのかと言うと、その考え方だ。「女性マネジャー」「女性マネジャーをベンチに入れる」という固定概念を、一刀両断した。
「マネジャーはマネジャーでしょう。そこに性別は関係ない」
ベンチにマネジャーが入る、その事実は何ら変わらないし、これからも続いていく歴史なのだ。
「ジェンダーレス」と言われる時代。東京6大学の今春リーグ戦では、法大初の女性主務の宮本ことみマネジャー(4年=法政)と立大の大河原すみれマネジャー(4年=湘南白百合学園)がそろってベンチ入りし、史上初の女性主務同士の試合もあった。
早大の主務は、学ランに学生帽のスタイル。いざ藤田マネジャーがベンチに入ることが決まると、「何を着るか?」と問題になった。議論の結果、いつも神宮に通う際に身につけている白シャツにジャケットで落ち着いた。
どうしても東京6大学で、早大でマネジャーをやりたいと突き進んできた。早大の場合、練習の準備や先輩の手伝いなどをして回りから認められて、初めてマネジャーとなる。部活と学業の両立もあるが「大変だけど大学4年間、野球と勉強両立すると決めて入ってきたので。やりたかったことが、できています」。
ベンチ入りした次の日、藤田マネジャーの姿はスタンドにあった。スーツ姿の女子学生と並んで、試合を見ていた。「1年生が、マネジャー希望で来てくれたんです」。
その笑顔で踏み出した1歩が、道となって続いていく。【保坂恭子】