中日、阪神、楽天で監督を務めた星野仙一氏が18年1月4日に70歳で亡くなり、2年がたった。高原寿夫編集員は三回忌にあたる4日、星野氏の行きつけだった神戸・東灘区の「珈琲館 尾賀」を訪問。星野イズムを継承する2年目矢野阪神について、同席した星野氏のおいの筒井壮1軍外野守備兼走塁コーチ(45)の言葉から、今季優勝の手応えを感じ取った。

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1月4日になると、フラリと訪れてみたくなる場所だ。昔ながらの喫茶店ながら多くの客が訪れる「珈琲館 尾賀」(神戸市東灘区)。闘将・星野仙一が阪神監督時代から足しげく通った店である。三回忌か。そんな思いでドアを開けた。

1人では寂しいので、誘ってみたのは筒井壮だ。阪神の外野守備兼走塁コーチである。そして星野のおいっ子である。二つ返事で出てきた筒井と話す。星野の思い出から、やはり話は今季につながっていく。

新年の指揮官・矢野燿大へのインタビューでも聞いたのと同じことを聞いてみる。中日色が濃いよね。筒井も中日から阪神という道をたどっている。

「それですよね。誰かに指摘されるまで気付かなかったんですよ。そう言えばそうやなと」。矢野はその問いに「そんなことを気にするのは小さいのでは」と言ったが、筒井のそれはさらに突き抜けていた。

「僕らは同じマインドでやれる人とやりたいと思っているだけ。矢野監督も同じ思いだと思います」。昨年、話題の「ワンチーム」的なことを口にした。

「『ワンチーム』って当たり前のことだけど、大人ばかりの集団で、しかも何かの短期決戦のためにやるわけでもない。仕事という面もあるし。やはりなかなか大変ですよ」

だからこそ、矢野は1つになれる集団作りを進めているということだ。そんな筒井は昨季、特にクライマックスシリーズ進出を決めた終盤の連勝の中で、ある手応えを感じたという。

「糸原とか若い選手たちがね。ボクらに言ってきたんですよ。『やっぱり勝ちたいです』って。これは大きいなと思いました」

プロはプロだからこそ、力量の違いが分かる。口でどう言っても「こいつには勝てない」「この試合は無理」という、ある種の諦観と背中合わせにあるものだ。それでもそれを超え「勝ちたい」と思う一瞬もある。それこそ01年オフの就任当初、4年連続最下位のチームに「優勝」という言葉を染み込ませた星野の求めた心境でもある。それが根付いてきたのなら…。

17年オフ。星野は当時、指揮官だった金本知憲を援護しながら「2年待ってくれ」と言った。そして2シーズンが経過。指揮官は金本から同じ教え子である矢野に変わった。その2年目、闘将は空の上からゲキを飛ばすはずだ。いかんかい! 今年は勝て! と。(敬称略)

1998年7月7日、中日星野仙一監督(左)と筒井壮
1998年7月7日、中日星野仙一監督(左)と筒井壮