今から7カ月前、今年の2月11日に亡くなった知将・野村克也からは20年以上前の阪神監督時代、いろいろな話を聞かせてもらった。今でも記憶に残っている決めゼリフの中に「あいつは野球の本能がない」というものがあった。

選手名など具体的なことは書かないが、要するに振り逃げの場面で走らない選手がいた。走る走らない以前に捕手がボールをそらしていることに気付かなかったのだ。

元々、野村は声を荒らげて怒るタイプの指揮官ではない。ミスを指摘したいときには我々、担当記者にボヤく。それを記事、あるいはニュースにさせて、選手に読ませて、気付かせようというスタイルだ。

「2ストライクから空振りしたらハッ? と捕手の方を見るもんや。捕ってたらそれで終わり。そらしてたら走る。それだけのことや。何よりまず振り返って捕手を見ないとあかん。それが野球の本能ということなんや。それができん選手はその本能がない」

シーソーゲームに阪神は何とか勝った。米国の昔の大統領が「野球はこの得点が一番面白い」と言ったとされる、いわゆる「ルーズベルト・ゲーム」、8-7の決着だ。その試合で決勝2ランを放ったのが米国から韓国を経て今季、新加入したサンズだ。

7回にその決勝弾を放つ前の打席だ。5回、無死二塁の好機だったがここはDeNAの2番手・山崎康晃の投じた沈む球に空振り三振を喫した。しかしこれを捕手・戸柱恭孝がそらし、ボールは三塁方向へ転がった。これを見たサンズはスタート。かなり転がったので余裕でセーフだったのだが一生懸命、走った。

サンズは足が速くない。それもあるし、役割から考えれば三振ならあっさりベンチに戻ってしまいかねない可能性もあった。実際にそういう場面を目にしたこともある。だがサンズは走った。当然と言えばそれまでなのだが、野村の言う「野球の本能」をしっかり持っている証明だと思った。

チャンスに強い、得点圏打率が高いというのはどういうことか。打つ球、手を出さない球、振りに行くコース、見送るコースなど自分なりに持っている、配球の見きわめができているなど要素は多い。そんなすべてを含め「周囲が見えている」ということではないか。阪神の若手選手がサンズに見習うべきはこういう点だと思う。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)