豪快野球から一転、運命のスクイズが、決まった。1980年(昭55)夏、サヨナラ勝ちで初戦を突破した南北海道代表の札幌商(現北海学園札幌)は、2回戦で双葉(福島)と対戦。1点を追う8回、エース金山英司が逆転の2点スクイズを決めた。3回戦で早実(東東京)に敗れたものの、北代表の旭川大高とともに、史上初の南北アベック16強入り。ブルーのユニホームが、聖地で躍った。
80年の終戦記念日は、北海道にとって歴史的な1日となった。北代表の旭川大高が16強入りを決めた約5時間後に始まった札幌商-双葉の2回戦。勝利の女神は、札幌商にほほ笑んだ。
4-5の8回1死二、三塁で、左打席にはエースで7番の金山。敬遠気味のボールが続いた後、3球目にストライクが投げ込まれたところで、中島憲二監督からスクイズのサインが出た。当時の“札商”は、イケイケの豪快野球が身上だ。「スクイズなんて、したことがなかったから、多分、ストライクが来ていたら失敗していた」と金山。捕手が立ち上がり、外角高めに外れたボール球に「夢中で体ごと飛びついた」。投手と三塁手の間に転がる打球。相手投手がボールに追い付いた時、すでに二塁走者の田代幸雄は三塁ベースを蹴っていた。見事な逆転2ランスクイズで、北代表とのアベック16強入り。もちろん、史上初の快挙だった。「試合後に聞いた話ですが、二塁走者は三塁コーチとアイコンタクトでホームへ行くと決めていた。2人には、行ける確信があったのでしょう」。卒業後、北海学園大でもプレーした金山は、現在53歳。「野球人生を通しても、あれが一番いいバントだった」。会心のスクイズだった。
前年秋、不祥事により地区予選途中で大会を辞退していたから、夏に懸ける思いは強かった。気分一新のため、ユニホームを白からブルーに変えて挑んだ夏の甲子園。3回戦で発熱をおしてマウンドに上がった金山だったが、準優勝した早実の1年生右腕、荒木大輔(元ヤクルト)と投手戦の末、0-2で惜敗した。「印象に残ったのは、荒木の球です。低くてボールかなと思ったら浮き上がる。そして、コースぎりぎりに決まるんです」。それでも、札幌へ帰ると多くのOBが喜んでくれた。札幌商にとって夏49年ぶりの甲子園勝利。しかも、初の2勝。「1勝の重みを感じました。甲子園は夢の場所だった」。砂川駅近くでラーメン店「虎の介」を営む金山のもとには、今も野球好きが集い、昔を懐かしむ。(敬称略)【中島宙恵】
◆VTR 札幌商は3点を追う5回2死一、三塁で、2番本村光が起死回生の3ランを左翼席へ運んで同点。6回に再び1点を勝ち越されたものの、8回1死二、三塁からエース金山が逆転の2点スクイズを決めた。二塁から一気にホームを狙った田代の好判断が光った。本村はこの試合、4安打3打点。技巧派左腕の金山は5失点も、7回以降は無失点でしのいで逃げ切った。
◆甲子園に“珍種”登場 80年夏、札幌商の友情応援に駆けつけた京都明徳商(現京都明徳)のチアリーダーが話題を集めた。セクシーな衣装を身にまとい「アマゾネス軍団」と呼ばれた彼女ら目当てに、アルプススタンドには試合そっちのけで写真撮影に没頭するカメラ小僧があふれた。
グラウンドでは、元祖甲子園アイドルの荒木大輔投手率いる早実が準優勝。「大ちゃんフィーバー」が日本中に吹き荒れ、追っかけギャルも登場した。札幌商の金山投手のもとにも500~600通のファンレターが届いたという。

