旭川地区が開幕し、03年以来16年ぶりの春全道大会出場を狙う旭川東が、5回コールドで初戦を突破した。

8点差に開いた5回2死三塁、元衆院議員・今津寛氏(72)の孫で主将の寛春(ひろはる)捕手(3年)が、公式戦1号の左越え2ランを放ち、試合を決めた。守っても、エース泉直樹(3年)を好リード。攻守でチームに貢献し、無失点勝利に導いた。

3打席目まで凡退していた今津が、4打席目で主将の役目を果たした。初球を振り抜くと、打球はぐんぐん伸び、左翼スタンドに飛び込んだ。三塁を回る直前、東川の高橋伸明三塁手(3年)に「ナイスバッティング」と声をかけられ、驚いてベースにつまづく場面も。「まさか、相手の選手に声をかけられると思わなくて。反応しようとしたら、つまづいてしまった」と苦笑いした。

第3打席で三振に倒れた直後、小倉貴彰監督(44)に「力みすぎじゃないか。少し力を抜いてみろ」とアドバイスを受けた。「自分が何とかしなきゃと思い過ぎていた」と今津。気持ちを落ち着かせて迎えた勝負の第4打席。この直前には、父寛介(ひろすけ)さん(42)の言葉を思い出した。「もっと初球から振っていけ」。旭川龍谷の一塁手として94年夏の北北海道大会を経験している父の助言通り初球を振り抜き、チームの令和1勝につなげた。

統率力があり、高校1年から学年リーダーを務めてきた。昨秋からは主将を任され、全員で話し合い、今津と梅木大輔二塁手(3年)のダブル主将制にした。「僕はチームを盛り立てるムードメーカー的な役目。梅木は練習メニューなど細かい部分の担当。互いの良さを生かして分担している」。明るい性格で、小倉監督は今津について「雰囲気を察して声を出せる。周りのこともよく見える」と言う。この日はエース泉の投球に気を配りながら、機を見て声をかけ、無失点勝利に導いた。

祖父寛氏が00年衆院総選挙で敗れた後の01年生まれ。「寛に春が来るように」との思いをこめて「寛春」と名付けられ、03年の総選挙で、祖父は国政に復帰した。今津家にとって縁のある“花開く春”。「まずはこの春に全道に出て、円山の雰囲気を感じたい。そして夏につなげたい」。創部116年と伝統ある旭川東だが、甲子園出場はない。夏の地方大会決勝では、全国ワーストの10連敗中。父寛介さんは昨年11月、旭川市長選に出馬し、敗れた。今津家の長男として、感じるものはある。高校ラストイヤー。この春に助走をつけ、負の流れに終止符を打つ。【永野高輔】