鹿児島・奄美大島の県立校、大島は明秀学園日立(茨城)に完封負けを喫した。プロ注目の最速146キロ左腕、大野稼頭央投手(3年)は7四球と制球に苦しみ、8回10安打8失点だった。169球の熱投に応えようと、打線は9回に満塁のチャンスを作るも無得点に終わった。九州勢は九州国際大付(福岡)を除く4校が初戦敗退となった。

【ニッカン式スコア】明秀学園日立ー大島の詳細速報

奄美の鉄腕、大野が肩を落とすことはなかった。ひたすら捕手・西田のミットを目掛けて左腕を振った。初めての甲子園は8回8失点で完敗。「序盤は高めにボールが浮いて自分のピッチングができなかった」と悔いたが、「また夏に帰ってきたいです」とすぐに上を向いた。

初回は3つのアウトを全て空振り三振。崩れ始めたのは2回だった。不慣れな聖地で、守備陣が飛球の目測を誤る。打ち取ったはずの打球が、失点につながるシーンが目立った。4回までに8点を失った。それでも大野は「気にしてなかったです。これからの自分たちの課題ですね」とチームメートを責めず、戦い続けた。昨秋全9試合完投の大エース。負けてなお強し。明秀学園日立の金沢監督の言葉がそれを物語る。「『(相手)投手は魂を捨ててないぞ』と選手に言ってました。本当にいい投手でした」。

プロ注目の最速146キロ左腕。強豪校への推薦を断り、地元の大島へ進学した。決め手は、この日もバッテリーを組んだ西田からの熱烈な誘いだった。家族ぐるみで関係が深い2人。竜南中3の冬、両家食事会の帰り道で、西田が口説いた。

「俺はダイコウ(大島高校)に行くよ。一緒にバッテリーが組みたい」

進路に悩んでいた大野の背中を押した。「小学4年の時に初めて(大野)稼頭央を見て、本当にいいピッチャーだと思った。2人で組んだら甲子園に行けると思ってました」。昨秋の九州大会で準優勝に輝き、堂々とセンバツ切符を手にした。夢が現実になった大野-西田の聖地169球だった。

西田が「甲子園に行くにあたり、大野の存在は一番大きかった」と汗をぬぐえば、大野も「楽しかったです」と白い歯を見せた。離島で生まれた絆は、夏に真価を発揮する。

○…一塁側のアルプス席には、離島から駆け付けた応援団が陣取った。緑一色のジャンパーに帽子、メガホンは学校が支給。多くの島民が前日22日に飛行機を貸し切って関西入りした。その中には大島が21世紀枠で甲子園初出場した14年の校長で、15年3月に急病で亡くなった屋村優一郎氏もいた。

妻の典代さん(67)と娘の彩子さん(37)は、一家の大黒柱の写真を手に「喜ぶかなと思って連れてきました」。初出場の時には、全校生徒を甲子園に連れてくるほど応援に尽力した。中学時代からの親友だった周(めぐり)政信さん(67)も「今回は本当に実力で甲子園にきた。本当に本当にすごいことなんですよ…。屋村さんも喜んでますよ」と涙を流した。

大島ナインは全力で戦った。天国の屋村校長も、笑顔で拍手を送っているに違いない。【只松憲】