花咲徳栄(埼玉)は、高校歴代最長のドラフト8年連続指名の記録がかかる。
今年も最速151キロ右腕の金子翔柾投手、大型スラッガー藤田大清外野手(ともに3年)がプロ志望届を提出している。7年連続指名を継続中で、今年も指名されれば中京大中京(65年~71年)、愛工大名電(81年~87年)、大阪桐蔭(10年~16年)を抜く記録になる。
岩井隆監督(52)は01年に指揮を執り始めてから10選手を高卒で直接プロへ送り出してきた。ドラフト会議について「アマチュアとして1年で唯一プロに認められる瞬間、甲子園は年に2回チャンスがあるけど、ドラフトは年に1回しかない」と話す。
プロ野球界でプレーしたことのない指揮官がなぜこれほどまでに選手を育てることが出来るのか。「野球選手を作るということを7年も評価されているのはうれしい」と目を細める。プロにいく選手を自然に成長させるのではなく、意図的に作るというのが岩井流だが、はじめからそうだったわけではない。
監督就任直後は「勝たなければいけない。甲子園に行きたい」という気持ちが強かった。しかしその年の夏に周囲から「花咲徳栄の選手は体が小さいから今すぐにはプロにはいけない」と言われ、次第に考え方が変わり始める。転機は13年。若月健矢捕手(オリックス)が成長し注目されるようになった。何をしても記事になるのを目の当たりにし、プロ注目の選手がいるのといないのとでは話題性が全く違うことを実感した。
その頃からプロ野球入りできる選手を育てることにも心血を注ぐようになった。プロにいけると見込んだ選手には特別メニューの練習で徹底的に指導した。
特に力を入れた選手には高橋昂也投手(広島)の名前を挙げた。「3回甲子園につれて行って必ずプロにも行かせる」と心に決めた。どんなときも目につく場所で投球練習をさせ、メンバー構成も高橋が中心。「あのときは7割が高橋だった」というほど入れ込んだ。1年の秋からベンチ入り、その後2年連続で甲子園出場、広島に2位指名された。
「一年中花咲徳栄の名前が世に出ていてほしい」。岩井監督のプロデュース力は選手だけにとどまらない。夏の大会用にとチア部の特注ユニホームを作ることを自ら提案。おなじみの青とピンクで校名が胸元に施された、野球部とおそろいのユニホームを作成した。
運命のドラフト会議は午後5時から。花咲徳栄の名は全国に響くのか。【星夏穂】

