あの降雨コールドゲーム以来となる、甲子園での“再戦”を迎える。

準々決勝の第3試合は、大阪桐蔭-東海大菅生(東京)。両校の甲子園での対戦は21年夏の初戦、8回途中降雨コールドで7-4で大阪桐蔭が勝利して以来となる。29日の天気予報は晴れ。1年生だった世代が3年生になり、ぶつかり合う。

2年前の8月17日。降り続ける大粒の雨、ぬかるむグラウンド。中断を30分以上はさんで、山口球審から降雨コールドが告げられた。

大阪桐蔭の主将だったオリックス池田陵真外野手(19)にとっても印象的な試合だった。追い上げられた展開でのコールドゲーム。東海大菅生・栄主将とのやりとりは鮮明に覚えている。

「栄くんに『自分らの分も頑張って』と言われて、僕は『ありがとう』と返しました」

明らかに続行不可能な状況。どんな気持ちでプレーしていたのだろうか。

「試合前の主将が集まって先攻・後攻を決めるときに、雨は少しパラついていたんですが、審判の方が『日程的に厳しくなっているので最後までやりたい』と言っていました。どんなに降っていても最後までやるんだろうなと思っていました。だから時間も少し早めて始まったと思います」

結果として大阪桐蔭は“逃げ切り”の形で勝利した。当時、大阪桐蔭ナインも東海大菅生ナインを気づかうコメントをしていた。

「試合中、そのことばかり考えていました。西谷先生は普段から『逆の立場だったらどういう気持ちか考えてプレーしろ』とすごく言われていましたし」

勝った大阪桐蔭側にもモヤモヤ感は残っていた。大雨の中、主将だけがあいさつを交わして、ナインは校歌はおろか、試合後の儀式を何も行うことなく球場をあとにした。

「あの年は春も初戦で敗れたので、どうしても夏は大阪桐蔭の校歌を歌いたかった。勝ちには勝ったが全員で歌えなかったので、そこはすごく残念な気持ちでした。でも次の試合ができる権利を得られたのは確か。次も勝って、全員で校歌を歌えるようにしようと言われました」

この試合をきっかけに、継続試合がルール化された。池田も歓迎した。

「選手のためだけでなく運営の方だったり、審判の皆さんもすごく選手のことを思ってくださっている。フェアに戦うのが高校野球の面白さだと思うので、その意味でもいいルールだと思います。ああいう試合であとから『逆転できた』とか世間の人とかは言ったりするので、はっきりと試合を決めることでそういった声もなくなると思う」。

 

東海大菅生の卒業アルバムには、最後の整列の写真が載っている。東海大菅生の主将だった東海大・栄塁唯(るい)外野手(2年)は「もうちょっと試合したいなという思いがありましたね。何も考えられなくて、終わっちゃったんだみたいな。急すぎて自分自身も驚きすぎて、どうしたらいいだろうと。負けを受け止められなくて、そんな気持ちでした」と振り返る。

8回1死から、左前打を放ち、中断に入る直前は塁上で迎えた。「ボールが止まってしまっていたので、あぁさすがに無理だって思いました」。唐突に終わった、最後の大会。試合後も泣かなかった姿が報じられた。実は宿舎に帰ってから、家族のLINEグループに「応援してくれてありがとう。3年間お世話になりました」と送るときに号泣したという。

昨年、インタビューをした際には「今ではいい思い出って思います。あれは仕方がなかったと、受け止めています」と明るく話していた。

「後輩たちには、悔いなく終わってほしい」。先輩たちの思いは、今も変わらない。

【柏原誠、保坂恭子】