箕島が競り負け、夏は3年ぶりの初戦敗退となった。3回に主将の国友翔矢内野手(3年)の適時三塁打などで3点を先制するも、徐々に点差を詰められ、8回に逆転された。
春夏合わせて甲子園出場17回、優勝4回を誇るが、最強時代は100人ほどいた部員数は昨年の新チーム発足時は12人と激減。OBのロッテ吉井理人監督(59)も心配するなど、厳しい状況に直面していた。だが野球部OB会がバックアップ。他県から入学入部を希望する生徒のために下宿を準備し、今年は大阪からの2人を含む計12人が入部した。この日は1979年に甲子園春夏連覇を経験した当時のエース木村竹志氏(63)も観戦。「単独校として『箕島』という名前を守ってほしい」と母校への思いを語った。
OBの思いを背負い、大きな1歩を踏み出した。【斉藤龍平】

