聖和学園がリベンジを果たし、悲願の甲子園初出場を決めた。22年夏の決勝で敗れた仙台育英に、8-5で勝利。3回に2-2に追いつくと、なお1死満塁で大場橙弥内野手(3年)の左犠飛で勝ち越しに成功。19安打で8得点し、春季大会準決勝でも苦杯を喫した強豪を撃破。春夏通じて初の甲子園切符を手にした。
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20年間待ち望んだ瞬間が、ようやく訪れた。9回2死。7回途中から2番手で登板したエース千葉桜太投手(3年)は最後の打者を左飛に打ち取ると、バックスクリーンを向き、右手の人さし指を突き上げた。マウンドには、04年の創部から悲願だった甲子園出場を喜ぶ歓喜の輪ができた。2年前の決勝、今春準決勝。幾度となく立ちはだかった、仙台育英の壁。チームテーマでもある「執念」で、リベンジを果たした。
ひたすら攻め続けた。「とにかく攻めて、攻めて、攻めていこう」。八島知晴監督(46)は「受けにまわると一気にやられるイメージがあった。攻め続けてる中でのミスは絶対に回収ができる」と、失敗を顧みずに攻撃姿勢を貫いた。
今春から、新基準の低反発バットに移行。ロースコアの展開が多くなると予想し、接戦に強いチームを目指した。夏は決勝まで全て2点差以内の接戦を制してきた。この試合も2回に勝ち越されたが3回にすぐさま逆転。8回に1点を返されれば9回に1点を追加するなど、つけいる隙を与えなかった。「接戦に強くなろう」「大会中にうまくなろう」。この言葉通り、初戦からの11日間で大きく成長した。
学校生徒やOBが駆けつけたスタンド。あいさつの瞬間、指揮官の目が潤んだ。「今までチームに関係してくれた方々、愛情を注いでくれた人の顔が浮かんで、ぐっときた」。20年の歴史を大きく塗り替えたナインが聖地でも泥くさい野球を貫き、最後の瞬間まで戦い抜く。【木村有優】
◆聖和学園 1930年(昭5)創立の私立校。生徒数は1612人。サッカー、バスケットボール、空手などで全国出場経験がある。野球部は04年創部で、部員数は74人。主なOBはDeNA庄司陽斗、サッカーJ1広島のMF小原基樹ら。甲子園は春夏通じて初出場。仙台市若林区木ノ下3の4の1(薬師堂キャンパス)。同市太白区土手内2の1の1(三神峯キャンパス)。
◆Vへの足跡◆
2回戦1-0東北学院
3回戦4-2南三陸
準々決勝2-1東陵
準決勝9-7仙台商
決勝8-5仙台育英

