石橋(栃木)が国学院栃木との打撃戦を制し、公立として19年ぶりとなる甲子園出場を果たし、学校創立100周年の歴史の扉を開いた。

選手たちは常に冷静だった。初回いきなり5失点すると、福田博之監督(57)は選手たちに声をかけた。「決勝戦はコールドはないよ。3回までに1、2点返せるといいね」。2回に3本の長短打で4点。1回途中から3番手で登板した入江祥太投手(3年)は「意外と冷静で。取り返せると思っていました」。投球では走者を出しながらも直球とスライダーで要所を抑え、失点を最低限に抑え攻撃につなげた。

福田監督が“陰のヒーロー”と評したのは、6回、無死一、二塁の場面。打席の若月優人内野手(3年)に「バントでも、自分の判断でバスターをしていい」とサインをおくった。若月は、一塁手の前進守備を見るやバスターに切り替え右前打で満塁と好機を広げた。この後、2者連続押し出しに相手失策も絡み逆転に成功した。「判断力、決断力もよくなった」と、福田監督が言えば、入江は「頭は常に磨いて、勉強で培ってきているので。それが冷静でいられる要因かも知れません」と、ニヤリと笑った。

23年、文武両道を評価され、21世紀枠でセンバツ出場を果たしたが、初戦で能代松陽(秋田)に0-3と完封負け。「21世紀枠で選ばれた学校の使命は、次は実力で行くこと」と、目標に掲げた。

毎日、7時間授業で練習は約2~3時間。入江は「自主性を意識して、監督の言いなりでやるとうまくならないし、楽しくない。頭を生かして短い時間で効果的なメニューを相談している」。マシン打撃はタイミングが取りにくいから手投げ。アップは「それぞれが伸ばしたいところがあるはずだから」と、個人で行う。メニューごとに話し合いの時間をつくり、注意点を意見しあった。「雑な練習がなくなり、1つ1つの課題をつぶす。確実に実力はついた」。丁寧で粘り強いプレーは生まれた。

実力でつかんだ甲子園に堂々と乗り込む。「他と比べ力がないことはわかっています。でも高校生のやるスポーツですから」と指揮官。甲子園で旋風を巻き起こすつもりだ。【保坂淑子】

◆石橋 1924年(大13)創立の公立校。生徒数は716人(女子339人)。野球部は35年創部。部員56人。県内有数の進学校として23年センバツに21世紀枠で初出場した。卒業生に小説家でタレントの室井佑月、NHKの大沢幸広アナウンサーら。所在地は栃木県下野市石橋845。新井聡校長。

○…3番左翼で先制2点本塁打を放った国学院栃木の椿秀太外野手(3年)は、2点差に詰め寄られた6回無死満塁のピンチで2番手として登板。「絶対抑えて甲子園へ」と意気込んだが、最初の打者に押し出し四球を与え、その後、内野ゴロの処理を焦った味方の失策で逆転を許した。投打でチームを引っ張ってきたが、甲子園に届かず涙。「次のステージで活躍できるようにこの経験を生かします」と先を見据えた。

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