岩手から新天地へ-。昨夏まで3季連続甲子園出場中の花巻東(岩手)の進路を2回に分けて紹介する。エース金野快投手、佐藤謙成外野手、山崎力内野手は武蔵大(首都1部)へ進学。高橋蓮太郎捕手は中大(東都1部)の硬式、高間木颯我(いずれも3年)は準硬式へと進む。昨春センバツは8強、同夏は2回戦敗退も初戦でセンバツ準V智弁和歌山を破った。「岩手から日本一」の夢を後輩らに託し、新天地へと羽ばたく。【取材・構成=木村有優】

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プロ入りの夢は4年間でかなえる。金野は「球速もコントロールもまだまだなので、基礎から全てをレベルアップして、4年間でドラフト候補に名が挙がるような実力をつけたいです」と力強く口にした。

何度も壁を乗り越え、手にした背番号「1」だった。入学したての4月、右肩付近に痛みが襲った。胸郭出口症候群だった。ひどい時には左手の支えがなければ、右手を上げられないほどだった。その間は体幹やメディシンボールでのトレーニング、走り込みに力を入れた。「3年間この痛みの中でやらなければいけないのか」。先行きの見えない不安とも戦った。それでも、同じくけがに苦しんだ先輩らから助言をもらいながらリハビリに励んだ。

1年時の2月に完全復帰。だが、主戦として投げ始めた2年秋に新たな壁に直面した。金野が投げる試合での敗戦が続いた。関東遠征では健大高崎、早実、浦和学院戦にリードする展開で登板も、逆転や同点を許した。「自分が投げると負ける」。ネガティブな印象は投球にも影響した。「投げる瞬間にブレるというか、狙っているところに投げられなくなりました」。勝てるイメージが沸かず、「投げる前から辛かったです」と当時を振り返った。

殻を破ったのは最高学年に上がる頃だった。2年夏に1学年上の先輩らの中で経験を積んだことが実を結んだ。「投手陣は自分が引っ張らなくてはいけない」。何かが吹っ切れた。「負けたくない」「何が何でも抑えてみせる」。ネガティブな感情は一切なくなった。幾多の困難を乗り越えて立った甲子園の景色は一生忘れない。

この経験はなくてはならないものだった。「思い描いたイメージ通りにはならない部分もありましたが、いい意味で苦しい3年間でした」。中学までは体格にも恵まれたこともあり、悩むことはほとんどなかった。初めての挫折だった。「この経験がなければ後から自分が苦しんでいたと思うので、本当にいい経験でした」。壁を乗り越える度に一回りも、二回りも大きく成長した。もう心配はいらない。新天地で満開の花を咲かせるつもりだ。

◆金野快(こんの・かい)2007年(平19)5月21日生まれ、岩手県釜石市出身。小学時代に釜石ファイターズで野球を始め、中学では花巻シニアでプレー。花巻東では2年春に初のベンチ入り。184センチ、86キロ。右投げ左打ち。50メートル走6・6秒。遠投105メートル。趣味は音楽鑑賞。憧れの野球選手はドジャース大谷翔平。