横浜(神奈川)で甲子園春夏通算5度の優勝を誇り、歴代5位の同通算51勝を挙げた渡辺元智さんが17日、死去した。81歳だった。
高校野球の一時代を築き上げた名将が、突然の別れを告げた。旧知の間柄でもあった聖光学院(福島)の斎藤智也監督(63)は「お世話になってばかりでね…。俺にとっては一番の恩人だったね」としのんだ。
交流が深まったのは2011年だった。当時、高校日本代表のコーチをした時の監督が渡辺さんだった。「侍ジャパンを一緒にしてから一気に距離が縮まってね。頻繁に連絡をいただくようになったりね」と回顧。甲子園出場が決まった際は「おめでとう」といった電話を必ずもらった。また、21年夏は県大会準々決勝で敗退。福島大会14連覇を逃した翌日に励ましの電話ももらった。常に気にかけてくれる先輩でもあった。「渡辺さんの出された本も読んでいるし、俺自身、いろんな金言をいただいたね」と指導者人生の糧にもなった。
プライベートの付き合いもあった。「富士山のふもとに1泊して一晩、野球談議をしたこともあったね。相模湾の近くのホテルで一緒に話したこともあったね」と懐かしんだ。
創部初めて4強入りした22年夏の甲子園2回戦では横浜に初勝利するも、渡辺さんの率いる横浜とは過去2戦2敗。08年夏(1-15●)、12年春(1-7●)と完敗を喫し「あの当時の聖光学院はまだ甲子園では駆け出しのころでね。渡辺さん、小倉さんのコンビに歯がたたないだろうなって、思いながら野球をやっていた時代だったね」と振り返った。
渡辺さんへの感謝は尽きず「恩返しをしないといけないと思っていた矢先に…」。“一番の恩人”の急な旅立ちに無念さを募らせた。

