開幕して間もない11日の試合前、マーリンズの本拠地マーリンズ・パークのクラブハウスに、イチローが息を弾ませながら姿を見せました。練習開始までまだ約30分以上の余裕がありましたが、本人いわく「間に合わないかと思った」そうで、いつものクールさは影を潜め、珍しく焦った表情でした。

 というのも、イチローは知る人ぞ知る、方向音痴だったのです。

 この日は、引っ越して間もない、マイアミの自宅から愛車で球場へ向かっていたところ、途中で工事中のため、迂回(うかい)せざるを得なくなったそうです。少し焦りつつ、四苦八苦しながら正規ルートへ戻ろうとしたものの、開閉式ドームの外観が見えたのは、イチローの予想とはまったく反対側でした。「もう完全にパニックでした」。冷や汗をかきながらも、どうにか到着しましたが、実はこれまでにも何度となく「迷子」になった歴史があるというのです。

 古くはマリナーズ時代、球場から自宅まで通常20分の距離を1時間30分、ヤンキース時代には、約15分の距離を2時間かけて帰った経験があるというのです。マーリンズ入りしてからも、球場の中でもビジターのクラブハウスへ向かってみたり、グラウンドへ出る際に、逆方向へ向かってみたり…。

 常にクールで緻密なイチローのイメージからはなかなか想像できませんが、本人が「あらためて方向音痴を再認識しました」と、断言するのですから間違いありません。「僕よりすごいヤツはいないです。意外? よくそう言われますけど、僕のは圧倒的。(体内に)GPS機能をまったく備えていないんです」。冗談のようですが、本人はふざけているわけではありません。

 それでも、これまでイチローが練習や試合に遅刻したことはありません。まったくの偶然ですが、翌12日には、同僚のオズナ中堅手が全体練習に遅刻して、イチローに先発が巡ってきました。

 ただ、方向音痴のイチローにすれば、決して人ごとでないのかもしれません。

 地元開幕6試合を終え、遠征に向かう直前、イチローは図らずも言いました。

 「ようやく道を覚えたぐらいですね。またロードに出て(忘れると)危ないけど…」。

 当たり前ですが、イチローも人間です。野球に関しては、多くの機能を兼ね備える選手として「ファイブ・ツール」と呼ばれますが、どうやら「体内GPS」の機能だけは持ち合わせていないようです。